病院時代から、あまりおいそれとは使いません。
「がんばる」という言葉。
自分ががんばるのはいいですし、もちろん言われて喜ぶ方もいらっしゃるので、そういう場合は使いますが、使用が非常に難しいのがこの「がんばる」という言葉です。
誕生数秘学のはづき先生は「頑張る」を、「顔晴る(がんばる)」という書き方をなさっていて、ああなんて素敵♪と言霊フリークなわたしは思ってますが。(´ω`*)
患者さんは病気と闘い、治療に専念し、意識がない中でも懸命に生きようとがんばっています。
骨折後・オペ後。リハビリは、本当に辛く苦しいものでしょう。
時には運命を怨み、「なぜ自分がこんなめに・・・」と思う方も少なくないのが病院という場所です。
わたしはICUや救急にいたりしたので、昏睡状態でいつ命を落とすかわからないという方をたくさん見てきました。
意識がなくても、耳は聞こえている。
これは誰に教えられるでもなく、わたしが患者さんたちを見てきて、知ったことでした。亡くなった直後でもまだ肉体にいらっしゃることがほとんどですし。。。
魂はそこに居るので、口は聞けず、意識レベルが落ちていても、患者さんはそこにいる人達の言葉を聞いています。
ご家族やスタッフは、つい「がんばって」と言ってしまいますが、ご本人は充分戦い、十分がんばっていらっしゃるのです。
今以上、ナニを頑張らせるのでしょう・・・。
それはこちらのエゴです。
生きていてほしいから、がんばって欲しい。
でもご本人が一番がんばっているわけです。
そこをサポートするのは、果たして「がんばって」という声かけなのか。
それは追い討ちをかけるだけなのではないか。。。
というわけで、医療従事者はあまり簡単に「がんばって」を言いません。
頑張ってる方に「がんばれ」というのはあまりにも残酷です。
そういう理由もあり、実は「がんばれ」はネガティブワードのくくりになるので、使用法がとてもとても難しい言葉なのですよ。
すでにがんばってる方に対して、「がんばって」というのはプレッシャーですし、これ以上がんばれないとこまでがんばっている方に対しては、ある意味「全否定」になります。
「がんばって」に限らず言葉というのは、よく考えてから発さないと、時に信頼関係すら破綻させるほどのものです。
たかが言葉、されど言葉。
自分の意図とはまったく違う意味として相手が捉えてしまうこともあるわけですね。
よかれと思って言った言葉が相手に届かないこともありますし、同じ言葉でも捉える方の状態や状況によって受け取り方はさまざまです。
「言葉」は相手が納得できる「意味」を載せて、適切な言い方できちんと「伝え」なければ、相手のココロを傷つける刃のような凶器にもなりうります。
なんにせよ、言葉は思いやりを持って発したいものです。