終戦から81年が経った。
今年は久しぶりに広島に行き、"平和の象徴"として知られる原爆ドームや平和記念資料館などを見学して戦争について色々と考える機会があった。
広島の話でないが、私は小学生の頃、東京大空襲を経験した祖母から戦争の話を数多く聞かされた。
祖母は当時、東京大空襲では被害が大きかったといわれる隅田川付近に住んでいたが、幼かった子ども達を連れて火の中を必死で逃げ惑ったという話を聞いている。逃げ惑う中で遺体も数多く見てきたそうで、戦争の話をしている時の祖母の表情はどこか苦渋に満ちた感じだったのが30数年経った今も忘れられない。
小学生の頃の私は、様々なことに興味を持ったり多角的な視点で物事を捉える子どもではなかったが、祖母から数多く聞かされた東京大空襲の話がきっかけとなり、「戦争による被害」には強い関心を持つようになった。戦争を題材にした様々な本も読んだ。
太平洋戦争末期の沖縄が舞台の自伝的小説『白旗の少女』、故海老名香葉子氏の自伝的エッセー『うしろの正面だあれ』、最近亡くなられた児童文学作家・高木敏子氏によるノンフィクション物語『ガラスのうさぎ』など、1980年代後半~1990年代前半に世に出ていた作品は全て読んだのではないかと思う。
なかでも、被爆者の一人である佐々木禎子さんの生涯を描いたノンフィクション物語『飛べ! 千羽つる――ヒロシマの少女 佐々木禎子さんの記録』が印象に残っている。『飛べ! 千羽つる』は活字が大きくて読みやすかったこともあり、暗記してしまう位繰り返し読んだ。
戦争は限りある資源や土地を国同士で奪い合う過程で起きるものだが、当時の私は「戦争が起こる背景」にはまだ関心が持てず、「戦争による被害」に関心が集中していた。
ちなみに、戦争文学の作品を集中的に読んだのは、小学校4、5年の時のことであるが、「戦争による被害」に関心を持っていた私を、一部の女子同級生はハナで笑ってバカにしていた。
私が通っていた小学校は、公立とはいえ、市内(当時)ではトップクラスだった。
当時はまだバブルがはじけるかはじけないかの頃で、目に見える豊かさや損得勘定(今でいう「コスパ」「タイパ」ですね)が優先されていたせいか、学業成績がかなり優秀な児童や先生受けが良い児童の間でも、「戦争による被害」のように"そんなことを考えて何になるのか"と思うようなことに関心を持つ児童をバカにする風潮があった。
戦後81年が経ち、戦争を知らない大人が非常に増えている。
日本がかつて戦争していた事実に関心を持たず、日本の平和が永遠に続くと思い込んでいる大人も多いように思う。
私も戦争を知らない大人のひとりではあるが、小学生の頃に数多く読んだ戦争文学作品の生々しい描写は何年経っても脳裏の中で色褪せることはなく、思い出すたびに戦争に対する恐怖心が増幅される。
戦争に関心を持たない大人が多いことには、損得勘定を重視する心理が根底に潜んでいるからと思わずにはいられない。
先にも書いたが、"そんなことを考えて何になるのか"のような日々の生活には直接的には役に立たない問題を先送りする人が実際多い。
確かに、日本が81年前敗戦国になったという歴史的事実に向き合うより、半径数メートルにいる人達に関するくだらない噂話や娯楽に興じていたほうが楽しいし、ストレス発散になる。(噂話のターゲットにされた人は迷惑千万極まりないが。)
が、平和は一日にして成るものではない。
平和について考えるとなると、政治・外交の問題として捉えるべき・・・と考える人もいるかもしれないが、私としては、
①日本が平和であることに対する感謝の念を日々持つこと
②「平和」という土台が崩れると日々の何気ない生活ができなくなること
の二つを、日本国民一人ひとりが日々意識して生活できているかが、今後平和を維持し続ける上で非常に大切なことと思う。
つい最近、息子が学校の宿題で戦争と平和をテーマにした研究を終えたばかりだが、息子の作品を眺めるたびに、上記①②に対する思いが強くなっているのを私自身感じる。
余談になるが、↓は、原爆ドーム近くにある「おりづるタワー」の外観写真。「おりづるタワー」の専用折り紙で折ったおりづるを12階の"おりづるの壁"に投入すると、写真のようにひらひらと1階"おりづるの壁"に舞い落ちてきます。
