元社長は、引退して、湘南の自宅に住んでいた。手紙を開けると、新幹線のキップと簡単な手紙が添えられており、頼みがあるので自宅に来てほしいとあった。
手ぶらではまずいので八重洲の大丸で手土産を買い、約束の駅へ向かった。なぜ、呼んだのか、思いあたらない。本人が待合の駅にいて、もう1人、元役員もいた。
自宅に招かれ、地下の図書室に案内され、欲しい本があれば差し上げると言われた。書棚には膨大な本があり、中にはレーニン全集もある。お茶を飲みながら本題に入った。自分史を出す手伝いの話しだったが、他に何かある、とにらんでいた。
私は、元社長が若い頃、レーニン全集を読んだことも知っている。話しは、昔のことが、多かった。アナログからデジタルに業態が変わり、ドイツの三億の機械の導入計画、デジタル配線の機械は、イスラエル製品。私の馬鹿な頭は、日本の大手もまだ、ない、外国の進んだシステムと品質の管理の基礎理論に驚いた。
一方、在職中、労働組合の委員長をやり、何度か、社長とも対立することが多かった。
話し話しは、レーニンの話題になり、その後の研究から、レーニンの書いたが国家と革命は、議会は役割を狭く捉え、間違った理論だと説明した。マルクス研究素材の新しい発見から、新たな、研究が進みだしたことを話した。
以後、わたしと、もと社長とのメールのやりとりが続いたが、元社長の自分史完成を機会にやりとりから遠ざかった。
私には、里山歩きの多くの仲間が待っていた。