人の心がいちばん弱っている時に

曖昧な説明でお金の話を持ち出すのは

あまりにも不親切だ。



私はお金の額よりも

自分が当たり前のように

信じていた相手の言葉が

実はずいぶん曖昧なものだったと

知ったことが悲しかった。


歳を重ねると

人を見る目も少しは養われるのかと思っていた。

ところが

人は悲しみの真ん中にいる時ほど

簡単に信じてしまうらしい。


そして、信じた相手に

「いや、あれは協力金だから」と

軽く言われると

案外深く傷つくものなのである。


人は悲しい時ほど素直になる。

だからこそ

そういう時に交わされる言葉は

あとになって案外長く心に残る。


一万円は、払えば済む話なのかもしれない。

けれど

「条例です」と言われて納得した自分が

翌朝になって「協力金です」と

聞かされた時のあの脱力感は

一万円では到底換算できない種類のものだった。


母を送る前の日の記憶としては
あまりにも後味が悪い。
最悪のお葬式で
涙が一粒も出なかった。


イライラちかでしたむかっむかっむかっ