サービスデーだったので

『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』をやっと観てきました。
旦那が1作目のジョーカーを物凄く気に入っていて、この円安期に外国製フィギュアをポチる寸前…までの信者になっていました。
しかし、多忙ゆえ公開から日にちが経過…そうこうしている間にあまり良くない評判を目にした旦那は少し気持ちが萎えつつ…の鑑賞です。
…旦那の話は置いておいて、私の話をしましょう。
私は…前作のジョーカーが…旦那とは反対で大嫌いなのです…🤣
このアメリカンコミックスものが大好きな私が…
受賞ものはチェックしておきたい私が…
珍しく「好きではない!」と大公言してしまうほど、好きではないのです。
なんだろうなぁ…
陰気さ、画面を通り越してアンモニア臭…というかガベッヂ臭というか…カビ臭さというか…負の生活臭が臭ってきそうで、ちょっと無理。
悪役の事情や背景を描いて考慮し共生を目指す…を促す社会的に意味のある描き方かも知れないし、そこが各賞受賞した所だろうけど…
アメコミのジョーカーでする必要ある?
(周知された悪役なので伝達に手っ取り早い意図は分かるけど…)
ジョーカーって本来、狂った紳士味が魅力なキャラじゃないですか?垣間見せる悲哀はゾクっとするかも知れないけれど、あそこまで背景を見せる必要はないと私のヴィラン観が拒絶していました。
ジョーカーというキャラは情状酌量される社会的被害者なのか???
しかし…評判の良かった前作と比べて評判が悪い…。
『評判の良かった前作を私は嫌い…なら、
評判が良くない今作なら私は面白く感じるかもしれない!?』 おお!これは期待出来る🤣🤣🤣
前作は…社会の底辺から人々に認知されるまでの成り上がり?の姿…そりゃジョーカー信者は生まれカルト映画になるだろう。
じゃあ、今作は?
ということで、やっと今作の感想を。
壁の外では狂信的な信者のいる人気者ヴィラン扱い…だけどそこはあまり描かれず、主観的に画面で見るジョーカーは収監され、画面を通り越してくるアンモニア臭とカビ臭さ…何なら今回はムショ臭さ。
相変わらずの被害者調。
1で私が感じた「犯人は情状酌量される社会的被害者なのか?」を裁判で争う場面が進められていきます。
その課程を、アーサー・フリックの妄想と現実を行き来しながら描かれていました。
多分、アーサー・フリックは解離性同一性障害(二重人格)に近いところにいる境界性パーソナリティ障害な感じがしました。別人格が出てきた時に記憶を失うほどじゃないし…
でも、アーサーフリックは右利きなのに、ジョーカーは左利きという演じ分けが行われていて、アーサーの意図的とも思えず…意図的ならばものすごく知能は高い気がするけど、アーサーってそんな知能高そうではないのよね。
って思いながら観ていたら、アッという間でした。
(いつ右利きになって、いつ左利きになるのか?ばかり見てたんです🤣)
「歌唱シーンが多くて…」とマイナスの意味で書かれている感想もありましたが、アーサーの精神障害的なものを描くのには非日常的で良かったとも思うし、
ガガ様はやっぱり凄いので良かった。
ガガ様が演じたハーレイクインの描き方も良かった。突然のカエル化現象の描き方。手に入れた玩具が気に入らなくなって捨てるように男を捨てる若い女の描き方は怖いくらいに現実的。ガガ様実年齢アラフォーには見えず、奔放な10代に見えた。
ハーレイを過去に演じたマーゴット・ロビーとは違う良さに溢れていた。
ハーレイのカエル化現象に私は女の怖さをヒシヒシと感じてたんだけど、
ハーレイがカエル化現象を起こしたのと同時に、ジョーカー信者の旦那がハーレイと同じくジョーカーに対してカエル化して、急に頭をかしげてスクリーンを見ていたので『お前がハーレイか!?』とツッコミ入れたくなりました。
小人症のゲーリーがジョーカーを人間に戻したね。
そういうところ、良かった。
アーサーのジョーカーは、私たちの知るバットマンの敵キャラジョーカーではない。
バットマンに出てくるジョーカーの本名はジャック・ホワイト。
この映画の主人公はアーサー・フリック。
要するに別物。
アーサー・フリックがジョーカーの世界線にはヒーロー(バットマン)がいない…
そういうことなんだと思う。
【『ジョーカー フォリ・ア・ドゥ』まとめ】
・キレた陰キャは怖い
・女心は秋の空
・小人症のゲーリーはジョーカーの良心
・現代社会にはヒーローは不在



