逢いたいと切望していました。

思い掛けず逢うことができました。

もはや、思い残すことがなくなりました。

もう いいのです。すべてもう いいのです。

世のすべてが もう わたしには どうでもいいのです。

で、読んでくれた みんな ありがとう。

すべてが 終焉したわたしに なにか言う気は勿論ありません。

ですから、書くことがありません。

あたりまえだと思います。当然です。

先のことは判りませんが、しばらくは書きません。

これが最期かも知れません。

御挨拶だけはさせて頂きます。


「ご機嫌よう さようなら」


「ただかく落あふれ、行ての末に浮かぶ瀬なくして朽ちも終らば、

つひの世にこの君に面をあはする時もなく、忘られて 忘られはてて、

我が恋は行く雲の うはの空に消ゆべし。」


亡き父はとても旅行好きの人で 旅先で撮った

若い頃からの写真が沢山あります。

誰かに頼んでShutter押して貰ったのか 

父が写っているのが、かなりあります。

わたしも19の頃から旅にはちょくちょく出ましたが、

わたしが写っている旅先での写真は友人と旅した時のたった一枚、

友人が撮ってくれたものだけです。

ふらっと出掛ける以外は、持って出て、撮るには撮るのですが、

それがすべて空の白い雲ばかりなのです。

時には山に沈む夕陽や渓谷に流れる川も撮るのです。

でも、ほんの僅かで、雲の写真ばかりなのです。

デジタルを始めてから、それが酷くなりまして、

HDDに残してあるのは雲ばかりです。

此処に越して来てからは、窓を開けますと

冬には雪をのせた富士山が良く見えるので、600mmで偶に撮ります。

なぜ空を終日眺めて飽きないのか、自分でも判りません。

飽きないのですから、仕方ないです。

いつからそうなったのか。

わたし想い出しました。

1967年の夏休みからです。17才の高校2年生の夏休み。

テレビラジオステレオ扇風機電話 何もなくて、本に飽きると

裏山に登り、空を眺めていたのです。

行く雲はいつしか滲んで見えるのです。

646388位ですと。どこまで落ちるのでしょう。ホントに楽しみになりました。

以前わたし 誰も来なくなれば消そうと考えていたんですが止めました。

どうした訳だか、恥曝しが平気になっちゃいました。

恥知らずにどうやらなってしまったようです。

強がりも弱がりもせず、苦悩は苦悩しているままに書いてる所為でしょうか。

何一つ解決も解消もありませんから、ぐずぐずです。

人生なんて大したもんじゃありませんから、そんなもんじゃないですか。

政治家見ても、金持ち見ても皆さん、適当にちゃらちゃら楽してます。

それなのに貧乏人や病人が人生に悩んでどうするのでしょう。

悩む体力気力が尽きてしまいました。そう思えてなりません。

6月端からの戸惑いと苦悩の日々が40日も続いているのです。

もしこのままなら、心療内科に あとは委せるしかないと考えました。

現実に寝不足は酷いものです。暑い所為もあるのですが、呼吸困難で

寝られないのです。疲れているのです。なのに眠れないのです。

愛も未練も執着も あるならあるで仕方ないです。

ごまかしなんか意味ないです。墓穴を掘るなら掘ろうと思います。

格好悪いが仕様がない。事実真実のままでいいでしょう。

最早ここまで悔いがあるのなら、納得なんか到底出来ゃしません。

耄碌が進めば忘れられるでしょう。それしか救いはないのです。

しかし救済されるまで生きていられません。

わたし そう遠からず焼かれて骨になります。

すべての想い愛未練執着、焼かれてなくなるでしょう。

それでいいと思います。それしかなかろうと思うのです。

「何だかんだのわたしの愚痴に、めげずに来て下さり、

誠に有り難う御座います。この暑さのなか野暮用済まさにゃならず、

歩き廻っております」。どなたも涼しい所で働ければいいのですが、

そうは参りませんね。見ていると、ほんとうにご苦労様と言いたいです。

食わねば生きて行けないなんて、すまし顔していても人間なんてつまらんものだと

熟 思われてなりません。炎天下頑張っている人に

「そんなにムリしても どうせ報われやしないのに」と、

言いたくなりますが、余計なお世話でしょう。

人並みと云う事を意識致します。そうすると頑張らざるを得ません。

あの世がないと思えば、惨めなこの世で我慢出来る訳がありません。

しかし、ホントにあの世がないならば、何故に冥福を祈るのでしょう。

自問自答の日々です。逝かざるを得ないのだと知りながら、

この世を過ごすのは、ひどくさみしいです。

しかし、これは決まっていることで、早いか遅いかだけです。

もう一寸ダメかしらと願っても、無情にもダメなものはダメですよね。

父と母の死で思い知らされました。

残された者にはあの世はなくてはならないのです。

科学なんて、どうでもいいのです。

わたし あの世が在ってほしいです。