タガタメのメモ | 「AMPM」アンディの私的記録帳

「AMPM」アンディの私的記録帳

アンディと呼ばれたオトコの、誰に向けたモノでもない、日々の記録。



はじめは野心に満ち溢れた若者だった。
強く、美しく、魅力的。
創造の共感、創作の共有をする仲間もいる。
全てが手に入る予感が充満していた。
その時は空さえも狭く見えた…………



井戸の中にいた事に気付いた頃には、既に水は澱みはじめていた。
仲間だとしていた者達との結束は脆く。
疑心が不信に変わり、嫌悪に発展するまでにそう時間はかからなかった。
井戸を出て大海を目の当たりにした時、興奮や好奇心よりも、恐怖の方が大きかった。
恐怖を和らげる仲間もいなかったからだろう。




はじめから大海にいれば、恐怖を感じることなく、泳ぎ始めてたのだろう。
泳ぎ方など分からなくても、そのうちに泳げるようになっていたのだろう。
同じ井戸の中にいた者達の中にも、大海に出ていった者は多い。
彼等も恐怖を感じたに違いない。
しかし、彼等は敢えて飛び込んでいった。
その先にしかないモノを求めて。
それを手にしたくて。
欲は時として、恐怖を凌駕する。


彼は……



大海を睨んだまま、大海を泳ぐ自分を想像しながら、大海に挑む同胞達を、ただ見ていた。
恐怖を口に出すことも出来ず、立ち尽くす。
観衆達の期待や声援が痛い。
しかし、飛び込んで溺れる可能性だってある。
溺れる恐怖よりも、その失敗を見られる恐怖の方がいつしか勝っていった。

大海での泳ぎ方さえ身につければ……

カラダが乾かない様に水を適度にかけながら、陸地で藻掻く。
それは一見、努力の様でいて、その実、体のいい言い訳だったのかもしれない。
自分の力量を過小評価しながらも、時に過大に顕示させ、自尊心を保っていた。
周囲の期待が薄らいでいく中で、自己期待は膨大に膨れ上がり、批評を気にするあまり、それ自体を非難する事を覚えた。
挑まない口実をつくり、期待に体裁を取り繕いながら、いつしか本音や弱音を吐露する事も出来ぬまま、無根拠な自信と、不完全な理論で武装を固めた夢想家に成り下がっていた。


やがて、彼への期待や声援は聞こえなくなり。
体裁を取り繕う相手も、口実もなくなっていた。
そのまま陸地での生活を送るチャンスや能力は充分あった。
しかし、彼は水の中以外に自己を肯定出来る事がなかった。


恐怖の先にある欲。
彼の欲は、恐怖に打ち勝てるだけの強さがないのだ。
欲の代わりになるチカラ…
彼にとっては、律と仁だった。
たてた誓を守る事と、恩義に報いる事。

しかしながら、その夢想家を維持する為に、大切な律を曲げ、仁を尽くす方向を見誤らせていた。

全てに気付いた時……
大海も、かつての井戸も見えない、陸地の森にいた。水掻きも退化し始めていた。

幸いな事は、
孤独ではなかった事だ。
近くにはいなくとも、その夢想家の居場所を気にかけてくれる者。水のある場所へ誘導してくれる者。君が夢想家であるべきではないと諭す者。


今、彼は大海に挑もうとしている。
その先に何があるかはどうでもいい。
挑む事が、彼のライフワークなのだ。

若者であった頃ならば、溺れても死にはしなかったろう。
しかし、今の彼はそうではない。
溺れれば、二度と浮かび上がってくることは無い。だからこそ、充分な知識と技術が必要だ。足りない部分を補ってくれる仲間も必要だ。彼等はもう沖にいる。先ずは、一人で仲間のいる沖まで。その挑戦を遠巻きに見ている輩はもういない。たとえしくじっても、誰も知るよしのない事だ。

「君はきっと泳ぎきれるさ」