今日は、北浜からです。この建物は、適塾
です。適塾は、幕末の蘭学者・緒方洪庵が開いた
塾で、この地には1845年に移転してきました。
適塾は、1868年(明治元年)に閉鎖されて
難波橋(なにわばし)の南詰めです。
ライオンの阿・吽行像があるのでライオン橋
とも呼ばれているそうです。1915年
(大正4年)に建設されたということです。
下の写真2枚は、難波橋南詰めにある
大阪俵物会所跡(江戸時代のフカひれ、
干しなまこなどの輸出品の売買所跡)と、
大阪証券取引所です。
ここで、おもしろい古地図サイトのご紹介です。
大阪古地図でYAHOO!検索→大坂絵図
大坂絵図の、18分割された上段の
右から3つめをクリックすると、下の写真と
同じ場所が出てきます。
ただしこの古地図に書かれているのは、
1837年(天保8年)のもの。
この地図によると、後年洪庵先生が、適塾を
移転するそばに銅座が、また難波橋は現在の
堺筋ではなく、1つ西の通りの難波橋筋に
架けられていたことがわかります。





