元気いっぱいゾンビ | 今日もゾンビは空を見上げる

元気いっぱいゾンビ

「元気いっぱ~~~い! 元気いっぱ~~~い!」
ゾンビは行きたくもない労働に行くために、カラ元気をふりしぼって歩いていた。
いやいやながらも、声高らかに勢いだけで進んでいく。

「うっく、元気、元気いっぱい…」
しかし労働地点が近づくにつれ、徐々に声が出なくなり、いつの間にか泣き声になっていた。
しかし、健気にもゾンビは歩みを止めなかった。

「労働なんかに負けるもんか! げ、元気、元気いっぱい…」
気力を振り絞って、お肉を買うためにやりたくもない労働に向かって進むゾンビ。
「元気いっぱい、元気いっぱい!」
すると徐々に声が高らかになってきた。
「元気いっぱ~~~い! 元気いっぱ~~~い!」
元気が盛りかえしたわけである、労働地点を通り過ぎていたのだ。

「後ろを振り返っちゃいけない、前を見て進むのだ! 人生とはそうゆ~もんだ!」
人生の終わっているゾンビだったが、前に前に進んだ。

道ばたでしおれている花を見つけたので、元気を分けてあげようと、目の前で元気いっぱい体操を披露した。
「元気いっぱ~~~い! 元気いっぱ~~~い!」
手をぶんぶん振り上げながら、元気いっぱい体操をすると、花はしゃき~んと立ち直りうれしそうにユラユラ揺れた。

さらに進むと、川辺でぐったりしている亀を見つけた。
「元気いっぱ~~~い! 元気いっぱ~~~い!」
亀は大きく首を伸ばし火を吹いた!
ガメラのように、火を吹きながらクルクルと飛び立っていった。

さらにさらに、どんどん進むと、駅前のビルの影にうずくまっている男の人を見つけた。
「ど、どうなすった?」
近づいてみると、どことなく異国情緒のある男が、苦しそうな顔で隠れるようにうずくまっているのだ。
男が押さえている腹からは、血がにじんでいた。
「私はあるものを守るものです。それを狙うものに見つかり、何とか逃げ延びたのですが、このありさま…。わ、私はもう駄目です。見ず知らずの方ですが、あなたにお願いがあるのです…」
ゾンビは、サスペンス劇場的ポーズで驚きを現そうとしたが、いいポーズが思い浮かばず、「チャチャチャンチャラ~~~ン♪」と思いついた音響効果だけを口まねで入れてみた。

「で、この探偵ゾンビに、どんなお願いが?」
とりあえず、この展開なら探偵でなくてはならんだろうと、親切なゾンビは探偵になった。
「こ、これを、10時に駅で待ち合わせた仲間に渡してください。胸にこのマークの刺繍のついたコートをきています…」
渡されたのは、一枚の古びた紙切れで、へんてこな記号のような文字が書かれ、一番下にバラのようなマークが刻印されていた。

男はその紙をゾンビに手渡すと、苦しそうに咳き込んだ。

「あ、だったら携帯でまず仲間の人に連絡すればいいじゃないですか?」
「秘密を守るためには、手渡ししかないんです。携帯なんかの通信機器では秘密は守れません」


「あるものって何を守ってるんですか?」
「・・・多分、お笑いになるでしょう。インディジョーンズの映画はご覧になりましたか? 私が守っているものは、モーゼの十戒を収めたあの“契約の箱”です。私の祖先は十字軍にいました。遠征のとき発見した“契約の箱”をずっと代々守護してきたのです」
「お~、映画みたいにバシバシビビビッ!てすっごい力があるんでしょ? でしょ?」
「ああ、あんな破壊するような力じゃないですが、ある奇跡を起す力があります。いつか“力を使うとき”がくるまで、我々が守護しているのです。日本には、遥か昔、箱の力を悪用しようとする組織から隠すため、この国に訪れた宣教師と共に持ち込まれ、以来私の一族が守ってきたのです」

そして男は力つき、ガックリ頭を垂れてしまった。
「あ! しっかり、しっかりしておくんなさい!」
ゾンビは手にした紙を見て、考えた。
「まずは、この人を元気にしてあげなきゃ!」
ゾンビは、元気いっぱい声を上げた手を振り上げながら歌った。
「元気いっぱ~~~い! 元気いっぱ~~~い!」
そして、息耐えた男の腕をガブリと噛んで喰いちぎった。

しばらくすると、男はヒクヒクしだし、やがてのぞっと起き上がった。
開いた目は真っ赤になり、口からはよだれが流れ出している。
「ウガガ、ウガガ…」
うなりながらゾンビ化した男は、肉を求めて駅前の人だかりに向かって元気いっぱいに進んだ!

ゾンビはうれしかった、男の人を元気にしてあげれたのだ! 良いことをしたのだ~!
そして元気に振り上げた手に、古めかしい紙きれを持っているのに気づいた。
「あれ~? なんだこれ? う~ん?」
ゾンビは、しばらく考えてから、その紙きれをビリビリと細かく破って、元気よく空に向かって放り投げた。
秘密は風にのって、ヒラヒラと紙吹雪になり飛んでいってしまった。

駅から聞こえてくる人々の元気な悲鳴を聞きながら、ゾンビはさらに元気いっぱいで進んだのであった。
「元気いっぱ~~~い! 元気いっぱ~~~い!」