おはようございます!

今朝起きたら声が出ないので、無理やり出したら、

「アメ横のおじさん」のような声になっていましたガックリ

おかげて、パパが私に敬語を使います。。。


ちょっと前に、大好きyasuママブログの

「太陽の下で Dog Shelteraの一時預かりママの日記」

に、最近センターに収容される子が増えたという記事を読んだ。

引越しのために飼っていた犬を、保健所に持ち込む件数が

この時期増えているのだ。

どおりで、保健所の捕獲リストに数が増えている訳だ。。。


yasuママたちは、そういう子を愛情を持って一時預かりし、

里親募集の活動をしている。(そして、なにより明るい!)

http://dogshelter.jp/index.php/


昨年見た、

NHKドラマ【運命の犬 ディロン】の話しを、思い出した。




一人の主婦が1頭の捨て犬と出会い、老人ホームや心身に障害のある人の精神面の治療やリハビリを犬に手伝ってもらい、保護活動を始めるという、ディロンとの8年間の生活を描いたものだが、最終回の老いたディロンとゆっくり散歩する姿に、涙してしまった。


老人ホームで「ディロンは人の気持ちのわかる子ね~」と老女が言うと、ディロンを避けるようにしていた、もう一人の無愛想な車椅子の老人が「気持ちだけではないんだ。話もわかるんだ」と言ってくる。


その無愛想な老人の過去の話しになり、戦時中、軍用犬の調教師をしていて沢山の犬と朝鮮半島に渡り、活動していたという。終戦となり日本に帰国するにあたり、一緒に活動していた犬は船には乗れず、置いていく決断をする。(なんだか、南極物語のようだが)老人は「お前たちは、連れて行けないから」と犬を放し自分は船に乗り込んで行った。船が出ると犬たちが崖の上で、船に向かい吠えている。老人にはその時「さようなら」と言っているように聞こえたという。

その光景がトラウマとなって罪悪感にさいなまれていた。

昔は国の為に働いていたのに、置き去りにされた犬もいた。



脚本の寺田さんの文面に


人は臆病な動物です。傷つくのを恐れ、見られるのを恐れ、丸裸ではいられずに、衣服をまとうことを覚えました。次に、心の内を隠したくて、自分や相手の心を傷つけないための嘘がつけるよう、言葉を覚えました。言葉は時として、伝えるための道具から、真実をはぐらかす手段として使われます。大人になること、社会人でいること、そして、家族でいることとは、そういうことなのだと。

そんな私たちに、ディロンは寄り添います。そして言葉も嘘も使わずに教えてくれます。

幸せになるためのこと、幸せでいるためのこと。とある。


ねむ

文頭の【引越しのために置き去りにしていく人】は、この老人のように罪悪感を感じないのだろうか?

置き去りにされた犬は「さようなら」などと吠えてはいない。

「置いていかないで」と吠えていたはずだ。




にほんブログ村 犬ブログ MIX小型犬へ 降参

ポチッと応援お願いしますしっぽフリフリ

2ヶ月連続MIX犬1位クラッカーいつまで続くかふうちゃんブログ飛行機
ふうちゃんママ・・・何度やってもリンク張れないんだってガチャピン