しっとりとした大人の風格のある歌集で、味わいつつ読んだ。
 亡き伴侶を偲びつつの独居生活,かたわらには猫がいて、庭や菜園に花木や野菜を育てている。生まれてずっと同じ土地に住み、濃密なご近所づきあいがある。そして沢山の鳥の声を聞きながら山や川を散歩されている。戦後の検閲の重いテーマがあり、世界や社会に対する批判や風刺、諧謔もある。しかし、歌集全体はソフトで上品なユーモアに包まれていて、読むのが楽しい歌集。


○秋たけて実のあらはなる栴檀に己の名をば知らぬ鳥来る   

○このあたりまでは「おはやう」、町内のこの先「ございます」を付け足す 

 
○一日のタバコで言へば十五本ほどの害とか人の孤独は  

○手に呼べば遠くから走りくる店員入歯洗浄剤はどこです  

○後姿(うしろで)の似るといふこと切なくて銀杏落葉の道に追ひ越さず  

○煙立つ向かう牛渡(うしわた)この入り江馬渡(まわたし)といふ名をかなしまむ  

○マッカーサー讃ふる田中常憲の十二首すべて削除されたり 
                                     「検閲者」
                      
○乳牛が立ち上がるとき蠅たちはいつものやうに驚くふりす  

○パン屑を咥へる鳥は枝に飛ぶ海を越えたる黒き翼に  

○ポール・アンカ、ポール・サイモン、ボブ・ディランただ同い年と言 ふだけは言ふ  

○仏壇に詰め込む位牌それぞれの命日来れば前列に置く   

○木を倒すふたりのひとの身のこなし木よりもずつと若い老いびと 

   
○通帳を見せ合ふほどの親しさに隣の猫が庭を過りぬ