平山繁美歌集『白夜に生きる』


①洟をかむことも補水も許されず防御服下はおむつをつけて 39
②防御衣のなかに襁褓を穿き込んで重症患者のおむつを替える 40
③四つん這いから立つときに嬰児は影から指を最後に離す 48
④ひと房に何本繋がっていたバナナだろう容易に捥げる 家族のように 50
⑤コロナ指定病院にさえも物資なく一反木綿か合羽を広ぐ 56
⑥痛くないように棺に寝かせる行為 慣れないことに救われている 107
⑦トイレットペーパーにある切り取り線切りたいところにあることのなし 114
⑧乳癌によっては利き腕に摂取する二本しかない人間の腕 144
⑨幸せになりたくなって冷蔵庫のなかのひかりにときどき触れる 150
⑩弱っている仲間を蟻は曳いてゆくその後のことはわからないけど 157 

 

 「かりん」の仲間の第2歌集。看護師として新型コロナ感染症に直面していらっしゃる厳しい現場の状況が、丁寧な描写でうたわれている。身体的にもきついが、守秘義務等に縛られて、内面にたまっていく諸々が精神を圧迫する様が、なんといっても大変そうだ。シングルマザーとして育てられた息子さんが同じ看護師として働いていらっしゃり、ご子息を心配する情が切ないが、突き放し方も上手だ。


①に続く②は、喜劇のような悲劇、いや悲劇のような喜劇を詠む。
③は「指を最後に離す」観察が優れているが、「影から」というところが深い。
④は結句の「家族のように」が鋭い。離婚もそうだけれど、病や医療に関連する場面でも、日々目撃されている事実なのだろう。
⑤は一反木綿の比喩がいい。
⑥は、亡くなった人は痛みを感じないのだが、それでも痛くないように工夫して寝かせる、これまでそんな仕事は看護師のものではなかったのかもしれない。
⑦言われてみれば同感、全体が比喩でもあるのだろう。
⑧切除した方の胸を庇う為だろう、「二本しかない」という把握が面白い。なるほど、六本や八本の腕や脚を持つ動物も多い。
⑨ナイーブで切ない。
⑩下の句が辛辣。しかし、弱っている仲間を見捨てる人間も多いようだ。