仏教の世界では、如来、菩薩、明王などに仏様を分けて居ます。
如来様と言えば、悟りをひらいた仏様として伝えられて居る(阿弥陀如来・大日如来・薬師如来・釈迦如来)
菩薩様と言えば、如来になるための修行中の仏様(観世音菩薩・千手観音菩薩・文殊菩薩・地蔵菩薩などなど)
後、
明王と言う名で知られて居る、如来が化身したお姿で悪人を従わせるため怖い顔をしている(不動明王・愛染明王など)
明王と言う名で知られて居る、如来が化身したお姿で悪人を従わせるため怖い顔をしている(不動明王・愛染明王など)
後、
天の付くモノも居ますね。
天の付くモノも居ますね。
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という六道の天にいる仏様。例えば七福神です。
私には、菩薩様ですが、仏様になっても修行していると言うのがイマイチピンときません。
あなたはどうですか?
仏様に位を付ける必要があるのでしょうか?
宗派に分かれた時、御本尊とし祀る為に如来様をたてて居るだけの様に思えてなりません。
仏教を確りと学んで居る方には申し訳ありませんが、
私が身近に接して観世音菩薩が、まだ修行の身とは思えないんです。
そもそも神仏様と言うのは、各々の心の中に居るモノと思います。
私が、いやあなたが、信じる神仏様が最高なのです。
私においては正に孫悟空と同じで、観音様の手のひらで遊んで居るヒヨッコです。
信じるのもに上下などない。
また宗教も宗派も関係ないのです。
私は、クラアント様のお役に立つのであれば、何でも使います。
それでいて罰を受ける訳でもなく、今でも生かされて居ます。
実は、神導進と言う名を捧げてくれたのは不動明王様でした。
暴れん坊だった私を、守って下さる神仏はスサノオ様とお不動様なとです。
そして、そっと上から見て居るのが観音様。
これが私の価値観です。
朝からふざけた話を吸いませんでした。

