私は、曲がった顔が気になって外に出る事も出来なくなり、心が閉鎖的になって行きました。
西洋医学に頼っても、『残念ながら、貴方の顔を治療すは方法はないのです。薬で悪化を防ぐしかありませんね』と言われても、私はこの顔で一緒を暮らすのは我慢が出来なかった。
そこで私は、東洋医学に目を向けて針治療をする事にしたのです。
たまたま近くに、針治療を取り入れている病院があったので、そこへ足を運び新たな協力者と出会いました。
その病院の医者は、『私には、貴方を治す事は出来ない。でも、その顔の麻痺を抑える事なら出来るかも知れない』そう言ってくれたのです。
前回とは多少前後しますが、その言葉を信じて、私は病院に入り入院治療が始まりました。
結果から言います。半年経っても顔の麻痺は治りませんでした。
苛立つ私は、『先生、私の顔が良くなって居るとは思えない…』と尋ねると、『良くはなっていないかも知れないけど、私には、君の顔が変形して行くのが止まっている様に思うよ』と返されました。
確かに悪化は治まっていました。
自分で針を打つ技術も教わりました。得たもの有りましたが、私の心は晴れません。
自殺も考えました。でも死ねない。
まるで生き地獄でした。
その中で、私は医者から大切な事を学んで居たのです。
他人と比べるから不幸なんです。昨日の自分と比べて、少しでも良くなる事を願って居ると、君は不幸ではなくなる。と言う言葉が、私の人生を支えて来ました。
あの日から16年です。関東に来た頃は12年でした。
私の顔は、日々良くなって居ます。
それは、昨日の自分と比べてです。
他人の方は本当の事は言いません。
私が病室の中で悩んで居た時、私は誰にも相談が出来ませんでした。
そんなある日、私は自分の心と会話する様になったのです。
そうです、私を救った神様は私の中に居たのです。
病室で落ち込んで居た私に、『良いから外に出ろ!誰もお前の事など気にして居ない。気にして居るのはお前だけだ。そんな所で一生を終わらせるのか?良いから外に出ろ!!』と言う声を感じました。
そして、お前の手に四体の霊医を宿らせた。その手がお前を救ってくれる。と言った事を覚えて居ます。
この言葉が実際に起こっているのです。
曲がった顔を、私は指先だけで整えて来ました。
また、私は今、神仏の言葉を聞いて霊視鑑定していますが、その原点はここにあるのです。
神仏の声は耳から聞こえる訳ではありません。
勝手に頭の中で感じるのです。
私の自己治療は一生続くでしょう。
それでも、三十才まで生きられないと言われた私が、今、五十です。
いつ死んでも悔いは無いですが、神仏の皆さんは、まだ死なせないと言います。
生かされているこの体で、今、私が何が出来るのか?そう考えた日から、私は世の中にこの能力を生かそうと思いました。
幾度となく地獄を見て、その地獄から這い上がる強さを学び、私はこの時を生きて居ます。
私は脳死から蘇った事が奇跡ではない。今生きて居ることが奇跡だと思って居ます。
『ピンチの後にチャンスあり』
そんな言葉もありますが、多く地獄を見て思うこと、人間は、己の素晴らしさを知らない。だから命を粗末にするんです。
神仏は、乗り越えられない試練を与えない。乗り越える力があるから与えられる。そう思います。
己の素晴らしさを知ったとき、奇跡を起こす事が貴方にも出来ます。
脳死から蘇った奇跡の神霊師・神導進
西洋医学に頼っても、『残念ながら、貴方の顔を治療すは方法はないのです。薬で悪化を防ぐしかありませんね』と言われても、私はこの顔で一緒を暮らすのは我慢が出来なかった。
そこで私は、東洋医学に目を向けて針治療をする事にしたのです。
たまたま近くに、針治療を取り入れている病院があったので、そこへ足を運び新たな協力者と出会いました。
その病院の医者は、『私には、貴方を治す事は出来ない。でも、その顔の麻痺を抑える事なら出来るかも知れない』そう言ってくれたのです。
前回とは多少前後しますが、その言葉を信じて、私は病院に入り入院治療が始まりました。
結果から言います。半年経っても顔の麻痺は治りませんでした。
苛立つ私は、『先生、私の顔が良くなって居るとは思えない…』と尋ねると、『良くはなっていないかも知れないけど、私には、君の顔が変形して行くのが止まっている様に思うよ』と返されました。
確かに悪化は治まっていました。
自分で針を打つ技術も教わりました。得たもの有りましたが、私の心は晴れません。
自殺も考えました。でも死ねない。
まるで生き地獄でした。
その中で、私は医者から大切な事を学んで居たのです。
他人と比べるから不幸なんです。昨日の自分と比べて、少しでも良くなる事を願って居ると、君は不幸ではなくなる。と言う言葉が、私の人生を支えて来ました。
あの日から16年です。関東に来た頃は12年でした。
私の顔は、日々良くなって居ます。
それは、昨日の自分と比べてです。
他人の方は本当の事は言いません。
私が病室の中で悩んで居た時、私は誰にも相談が出来ませんでした。
そんなある日、私は自分の心と会話する様になったのです。
そうです、私を救った神様は私の中に居たのです。
病室で落ち込んで居た私に、『良いから外に出ろ!誰もお前の事など気にして居ない。気にして居るのはお前だけだ。そんな所で一生を終わらせるのか?良いから外に出ろ!!』と言う声を感じました。
そして、お前の手に四体の霊医を宿らせた。その手がお前を救ってくれる。と言った事を覚えて居ます。
この言葉が実際に起こっているのです。
曲がった顔を、私は指先だけで整えて来ました。
また、私は今、神仏の言葉を聞いて霊視鑑定していますが、その原点はここにあるのです。
神仏の声は耳から聞こえる訳ではありません。
勝手に頭の中で感じるのです。
私の自己治療は一生続くでしょう。
それでも、三十才まで生きられないと言われた私が、今、五十です。
いつ死んでも悔いは無いですが、神仏の皆さんは、まだ死なせないと言います。
生かされているこの体で、今、私が何が出来るのか?そう考えた日から、私は世の中にこの能力を生かそうと思いました。
幾度となく地獄を見て、その地獄から這い上がる強さを学び、私はこの時を生きて居ます。
私は脳死から蘇った事が奇跡ではない。今生きて居ることが奇跡だと思って居ます。
『ピンチの後にチャンスあり』
そんな言葉もありますが、多く地獄を見て思うこと、人間は、己の素晴らしさを知らない。だから命を粗末にするんです。
神仏は、乗り越えられない試練を与えない。乗り越える力があるから与えられる。そう思います。
己の素晴らしさを知ったとき、奇跡を起こす事が貴方にも出来ます。
脳死から蘇った奇跡の神霊師・神導進