昨日、友人と話をしていて
自分にとってジャッジが入ってしまう
話の内容の時、やはりジャッジをして
相手の行動を責め批判していた。
当然の事ながら
その行為をした本人が
1番傷ついているのにも
関わらず
相手の立場にはなれず
自分の価値観を振りかざしていた。
いわゆる「正義の山」に登っていた。
そして
自分の価値観から
相手を批判する。
これだと
相手の事を理解して
寄り添う事が出来ない。
自分の嫌な所を見るのを
隠す為に
一般的な正義を振りかざして
相手を批判して
自分を正当化しようとする。
よくよく考えて
やっぱり自分が可愛くて
自分の弱さに気付くのが
怖くて
相手のせいにしてしまうのだなっと
改めて実感した。
自分が責め裁きをすれば
ブーメランで返ってきて
自分も責め裁かれる。
相手を批判して責め合う関係から
許し労り合う関係へ
変わっていきたいものです。
正義の山に登ってしまうのは
仕方無い。
でも
何処かで気が付いたら
山を降り
相手と同じ目線で
話が聞けたら
相手ともう少し
距離が近ずく事が出来る。
すぐには出来ないけど
気が付いて
手放して
を繰り返して
前にゆっくり
進みましょう!
正義の山とは
こうでなければオカシイ!と自分の決めた
ルール、正義の事で
相手が自分のルールから
外れていたら
相手を間違ってる、と攻撃する。
正義は3つ有って
手続きの山
分配の山
コミュニティケーションの山
どれも
こうすべきだ、という自分のルールが有る。
そして何かが上手く行ってない時は
自分の正義にこだわり
相手を批判している事が
多い。
