〈鬼平、新たな看護人生をきる in バングラデシュ!〉 | 国際支援団体•認定NPO法人 Future Code

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国際医療支援団体であり、医療の届かない場所に医療を届ける活動を基本として教育、貧困、公衆衛生など様々な途上国の問題に対し、日本人として何ができるのかを考え、行動を続けています。支援事業は農業/食糧支援、ソーシャルビジネスによる雇用創出等、多岐にわたります。

皆様改めましてFuture Code所属、鬼平こと長谷川祥子です。
どれくらいぶりに私が行うブログ更新でしょうか?

Facebookでは少しずつ投稿しはじめていますが、実は私はまさに今、バングラデシュの現地に赴任し、人材育成の活動に長期で参加、新たな生活をスタートさせました。

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今こうして、このプロジェクトに関われるのは3年前があったから。

日本での看護師教育に関わる中、この支部で活動されているラーマン真理子さんとのご縁があって、2012年から開始されたFuture Codeの看護師育成プロジェクトに参戦し、当団体の代表である大類医師との出会い、そして「学ぶと言う意味」を真剣に考えさせられ、軍病院での彼らの学ぶ姿勢に脳から涙がでる程の刺激を受けたあの時から。

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私の人生を左右するほどのきっかけをくれた、このバングラデシュの看護師の育成を現任教育として実現できていることは、このプロジェクトをクラウドファンディングの挑戦から応援して下さる方々がいらっしゃるからこそだと、改めて感謝申し上げます。

しかしながらこのプロジェクトに関われるからと言っても、英語も現地語のベンガル語も、使える言葉は3歳児以下の私。

頭と体は40歳目前、海外在任経験なし・・・こんな私を受け入れ、国際協力に関われる環境を頂き、このプロジェクトに懸ける気持ちだけは人一倍炎上していたはず。

しかし実際問題、伝える手段の乏しい私が発展途上国の日本とは違いすぎる医療の現場を肌でリアルに感じ、“医療の仕事とは”、“看護とは”を追求すればするほど、現状の把握から意思統一の難しさを痛感し「なぜ、これをすることが必要なのか」「どうすれば改善できるのか」をバングラデシュの彼らにどう伝え、どう考えさせ、改善する手段にたどり着けさせることができるのだろか・・・

しかし、私がここに来てからもプロジェクトは代表と現地スタッフの舵のもとに進み、時間だけは過ぎる。

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まずは医療についての改善指導だけでなく、薬剤や書類の管理から始まり、感染症のリスクを抑えるため、医療廃棄物の分類方法を現時点での実現可能な方法で、共に働く環境を整えること、そして知識・技術面からは大類医師の基礎蘇生術の講義と心臓マッサージ技術を、時間をかけながら行う技術研修サポート。

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そして日々、病棟ラウンドをする中で必要な看護業務のロールモデルの挑戦。

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そんな環境の中、彼らに“どう伝えどう考えさせ改善する手段”にたどり着けさせることができるのだろか・・・

私自身が問題山積みのこの壁に、自分のカラダとココロが追いつかないほど、焦りと不安と焦りと、焦りと焦りに迫られます。

滞在先の部屋の天井に取り付けられたファンを眺めながら、考えるけれど答えが見出せない、涙しかでてこない。
そんな私に、バングラデシュでの生活面も仕事面も全てにおいてサポートして下さるラーマン真理子さんが側に寄り添い、「祥子さん!何かを成し遂げるには“情熱”と“自信”が必要だと思うんですよ。
一緒にひとつひとつ伝えていきませんか?」という言葉を与えてくれなければ、このブログの更新すらできないままだったかもしれません。

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私が日本の看護師として働く上で何を大切にしてきたか・・・

その原点は「自分の大切な人が病気になったなら、いざと言う時に役に立つ人でありたい」でありました。
そこから看護師としての人生が始まり、今の私の経験歴だけはすでに管理者年数なみ。

働く中で看護師の後輩の育成という一つの仕事に関わらざるを得ない状況の中、正直に言うと自分自身が受けていた教育と、今の教育方針の差に納得いかないことばかりでした。

些細なことでイライラする時間を過ごす自分が嫌いになっていた、あの頃。

しかし「学ぶという意味」を真剣に考えさせられたバングラデシュでの活動から、私が後輩の看護師たちに伝えてきたことは何だったのか。

このFuture Code の活動をする前から後輩たちに伝えたいことの中身は何も変わってはいない。

“何かを学びたければ手段と方法をまず自分で考えて行動をしよう”
“教える人と教えられる人は対等であり、教わる側の学ぶ姿勢や過程は大事にしなさい”

一つ一つの看護業務に対しても、考えずに答えだけを求めようとする後輩看護師たちには口を酸っぱくして何度も同じことを繰り返して言ってきた。

私が後輩に「鬼」平だと言われる理由は、見た目の問題も大半あるかもしれない(?)が、「答えや正解をすぐに教えてくれない」人、先輩看護師だということからだったのかもしれない。

私が昔にこのバングラデシュに一時派遣され、帰国した後、日本で仕事をする中で、その学ぶということ、人に何かを教える目的は攻撃ではなく改善であるように、私なりに意識の変化をつけた。

でもそうすれば周囲の協力も意識も変わる実感があった。

もしあの時にバングラデシュで活動する経験をしていなければ、自分の気持ちを素直に受け入れられたり、物事を多角的に捉えられるようにできなかったかもしれない。

色んな出来事を「きっかけ」と気付けたら、あとはチャンスを掴むだけ。
私は、このチャンスの何を大切にして進んでいきたいのか、もちろん、患者の安全は大前提で考えることのできる精神と知識・技術を軸に、私が経験してきた看護という仕事を、バングラデシュの現地に一歩ずつ確実に正確に伝えていく、その情熱だけは炎上させていたい。

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ここにいる現地の彼らは皆、私たちの活動の中で新しい学びを得る過程、その時に感じたことや気付いたことを、素直な言動や態度で表現してくれて目がキラキラしています。

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その彼らと共に、私ができる限りの真剣さで向き合っていくしかないと、自信はないけれど前向きに活動したいと思う。

バングラデシュの生きるパワーを感じながら取り組んでいきます。