江戸時代の死刑には、鋸引(のこぎりびき)、磔(はりつけ)、獄門、火罪、斬罪、死罪、下手人(げしゅにん)と、同じ死刑でも種類が違っていました。
このうち斬罪は武士に対するもので、武士にはこの他にお馴染みの切腹もありました。
鋸引(のこぎりびき)は、主人筋を殺した場合に科された死刑で、一日引き廻した後で、両肩に刀傷をつけて二日間日本橋のたもとで晒します。
その時、竹鋸(たけのこぎり)の歯に血をつけて犯人のそばに置いておき、希望者があれば竹鋸を挽かせ、その後は浅草か品川で磔(はりつけ)にかけるというものです。
実際に竹鋸を挽く人はいなかったとのことです😅。
獄門は、牢内で首をはねた後、浅草か品川で首を晒しました。
火罪は火焙りで、放火犯人にだけに適用される同害報復刑でした。
死罪ははね首で、死骸はためし切りの対象にされました。
(ためし切り(様切↔ためしぎり)とは、死体に対して刀などの切れ味を試すこと)
下手人(げしゅにん)は、「げしにん」とも読まれる。私利ではない殺人、乱心による殺人、あるいは殺人教唆などを犯した庶民に科せられました。
もともとは殺人者の意味ですが、死刑の一種でもあります。
「公事方御定書」には、「首をはね、死骸は取り捨てるがためしぎりには付さない」とあります。
はね首ではあるが、死罪とは異なり闕所(けつしょ)されず、死骸はためしぎりしないとのことです。
(闕所とは、田畑、家屋敷、家財などを没収すること)
一般人には、死刑でも下手人が一番やさしい感じですね。
参考文献
「日本法制史」(牧英正編著 青林法学双書)