1872年(明治5年)の山城屋事件(やましろやじけん)、陸軍省の御用商人山城屋和助さんが、陸軍省から無担保で借り受けた公金を返済できず自殺した事件。
(山城屋の借り出した公金は総額約65万円、当時の国家歳入の1%という金額)
山県有朋さんとの縁で御用商人となった山城屋さんは、軍需品の納入を一手に引き受け、莫大な利益を得て豪商となりました。
そのような関係から、山県さんはその見返りとして、山城屋さんから多額の献金を受けていたとのことです。
そんな中で、山城屋さんに対し、陸軍の公金であった15万ドルを勝手に貸し付け、山城屋さんはその金を元手にして生糸相場に投資しました。
しかし、この生糸相場が当時勃発した「普仏戦争」の影響で大暴落。
山城屋さんは破産寸前に…。
そこで、山県さんは、その補填として、山城屋さんに更なる公金を貸し付けたのですが、山城屋さんは投資の失敗の穴埋めには使わずに、そのお金を持ってフランスに渡り、パリで豪遊。
この山城屋さんの豪遊が当時パリにあった日本公使館の耳に入り、陸軍省が内部調査を始めたのが、この汚職事件が明るみに出たきっかけとなりました。
陸軍省が調査を始めたことにより、このままでは自らの不正が明るみに出てしまうことを恐れた山県さんは危機感を覚えます(^_^;)。
その後、江藤新平さん率いる司法省による本格的な調査が始まることになり、山県さんから至急の返済を求められた山城屋さんは公金返済が不可能であったため、陸軍省内部で割腹自殺。その際、関係する帳簿と長州系軍人の借金証文類も焼き払われたため、事件の真相は解明されることなく、陸軍省会計監督長船越衛さんの処分をもって収束しました(ノ_・。)。
(1872年(明治5年)11月29日、山県さんに公金の返済を迫られて困った山城屋さんは、山県さんに罪が及ぶのを恐れ、証拠書類を焼き捨てて、陸軍省の一室で割腹自殺しました。
一説には山県さんが山城屋さんに自殺を迫ったとも言われています。)
山城屋さんの自殺により、事件の真相は闇に葬られた形となってしまい、一時辞職しましたが、山県さんは罪に問われることはありませんでした。
これが「山城屋和助事件」の概要です。
しかし、この山城屋事件の翌年に江藤新平さんが下野しなかったら、
佐賀の乱で斬首されなかったら、山県さんは政治家を続けられなかったかもしれません。
事務処理能力に優れ、外国語にも精通し、学者肌で清廉で明朗だった江藤さんを、山県さんや大久保利通さんみたいな裏工作タイプは嫌っていたみたいですし・・・(ノ_・。)。
特に、大久保さんは、自分と同じくらいの能力がありながら人格的に優れ、人気のある江藤さんをかなり嫌っていたようです(ノ_・。)。
ですから、佐賀の乱後に、江藤さんを斬首(その後、さらし首)にしましたが、
この時、刑法上では斬首などはなくなっていたのです。(江藤さんが民主的な司法制度を整えていた)、
しかも大久保さんは江藤さんの裁判の様子を日記に「笑止なり」とか書いていますし・・・(ノ_・。)。
その後、政治家として生き残った山県さんがした事
日本は、公務員の受験資格に年齢制限がある国ですが、
世界と比較して見ると、就職に年齢差別を禁止している国では公務員の受験資格に年齢制限がない国が多いです。
いつからこのような規則ができたのかと調べたところ、1899年(明治32年)の山県有朋内閣時代の文官任用令の改正以降に厳格化されたみたいです(ノ_・。)。
その理由は、
当時、政党が政治力を持ち始め、「議会だけでなく、官僚として文官や武官にまでチカラを発揮しかねない」と危惧した山県さんが、
各省の次官などの勅任官(高級官僚)に政党員が就かないように、文官高等試験に合格していない人が任用されないように改正し、文官高等試験の受験年齢制限を設けることでおじさん政党員の受験を阻止したみたいです(ノ_・。)。
それで今も30代前半までに受験年齢が制限されたままということです。
勅任官ではなく、新任官(大臣、知事、大使、公使など)は文官高等試験に合格していなくても就けるのは今も同じですね(^_^;)。
その他に山県さんは、1900年(明治33年)に軍部大臣現役武官制を制定し、陸海軍の大臣に現役の大将と中将しか認めないようにして、政党員を完全に締め出しました。
さらに、同年に治安警察法を制定し、「結社・集会の届け出の義務化。軍人・警察官・教員・学生・婦女子などの政社加入と政治演説集会参加の禁止。労働者や小作人の団結と争議行為の制限と禁止」など、だんだん硬直化、全体主義化への布石を打ち始めています(ノ_・。)。
1890年(明治23年)の教育勅語の時の総理大臣も山県さんですから、軍国主義の生みの親みたいな方ですね(ノ_・。)。
山県さんが亡くなられた時、『死もまた社会奉仕』と当時新聞記者の石橋湛山さん(後の総理大臣)が評したとのこと。
江藤新平さんみたいな方の出現を待ちたいものです(^_^;)。