どうやら最近、考えるのも面倒になってきたようだ。




うだうだ考える前に、クリニックへ行ってしまう。

昨日と今日で連続だ。




ウチにいても落ち着かず、何も手に付かない。

要は時間を持て余している。

何も手に付かない原因はおそらく配達の後遺症だろうね。

やってたころは緊張感が常に付き纏っていたから。




かと言って寂しいというわけではないのだが、誰かが側にいるのはありがたいことなのだとしんみりと感じる。




話し相手は必要だよね。




誰でもいいわけじゃないけど、寂しさを埋めるために自分が損してでも得しない人間関係をするつもりはないけど、しっかり人を選んだ上での話だけどね。




人間関係で無理することは一番よくないことだから。

嫌いな人とはできる限り関わらないのがいいのはよくわかる。




退屈がもたらすイライラっていうのは日々感じていて誰かと交流することで緩和される気がしてる。




これから先、このままずっと自分は一人きりなのかと考えてしまうのはいけないことだね。




たまたま通りかかった関係のない人なのに、勝手に運命の出合いだとかで結びつけているのと同じことだね。




その退屈のせいなのか、キリスト教にでも入ろうかなとチラホラ頭の中に浮かんでくる。




以前、色々あって思い悩んでた頃、当時住んでいた家の近くにお寺があり、救いを求めて行ってみた時の話しだけど、




結局、宗教の勧誘とそこで待ち構えてた信者に「おめでとうございます。」と祝福を受けてゾーッとして記憶がある。



こんなめんどくさいことにまた巻き込まれるのかなと脳裏に過ぎって躊躇する。




それに今、毎週土曜日に座禅しにお寺に通ってるわけだ。



キリスト教に入って、仏教のお寺に通うのもおもしろいことだと思う。




それはそれとして面白いから敢えてキリスト教会の門を叩くのもいいかもね。




いずれにしても、まともに思考力が働いてないわけでロクなことを思いつかない。




もしかして水星逆行の仕業なのか!?