→統合失調症障害者の家族として(1)
※最初におことわり
・医療に関わる内容を含みますが、専門家によるものではなく素人が書いた記事です。
・作者の一方的な意見ですので、この記事を治療や研究の参考にはしないでください。
・偏見や差別的表現を含みますが、当事者家族の立場から敢えて書いています。
・残酷な表現を含みますので、苦手な方は落ち込んでいる方や読まないで下さい。
前回記事で、統合失調症とはどんなものか簡単に書きましたが、これを文章だけで伝えるのは非常に難しいですね。もう少しご理解いただくために、今回はその家族という自分自身の視点から、この病がどういうものかを書きたいと思います。
私の母は、私が物心ついた時から統合失調症でした。いつも妄想と幻聴に取りつかれ、近所の人に「死ね」と脅されたり、拡声器で日常的に騒音被害を受けているというのが決まり文句でした。また母の場合は病識が無いという大問題も抱えていて、薬の拒絶→異常行動→入院というサイクルを、ずっと繰り返してきました。入退院の回数はとても数えきれません。
この障害はとても厄介です。例えば、前回記事で中井久夫『分裂病と人類』という本を紹介しましたが、この本は心理学分野の学術専門書です。にもかかわらず、それを私が読んだのは大学入学前でした。広辞苑を片手に、調べながら1カ月をかけて読みました。勉強嫌いの若者にそうさせるほど、統合失調症はとても難解であり、家族をも苦しめるものです。
【日常的な異常行動】
人は幻聴と妄想に取りつかれてしまうと、まず眠れなくなります。母は夜中に家中を歩き回ったり、眠る家族を起こしては、あの人が私にガンガン騒音を鳴らしていると繰り返し訴えます。それが病気によるものだということはわかっていますから、家族も最初はやさしく接します。しかし、それが毎日のように続きます。家族のストレスも限界になると、話を聞く余裕も無くなり、うるさい!と叱ったり、無視するようになります。
こうなると、母は今度は近所の家や親戚に同じ言動を繰り返します。毎日何度も電話したり、こっそり抜け出し出かけて行くようになります。そのため、ある日は母にわめき散らされた相手へお詫びに行き、またある日は、母に助けを求められた相手が本当に警察を呼んでしまったこともあります。
かなり状態が悪化した時は、夜中に包丁を持ち出したり、テレビを燃やすといったこともありました。
【入院の拒絶】
さすがにこうなると、精神科へ入院させようということになります。ただし母の場合は病識が無いため、入院を必ず拒絶します。本人の了解は得られませんので、精神保健福祉法に基づく医療保護入院となります。
参考:Wikipedia記事「医療保護入院」
入院させられるとわかると暴れることもありました。そのため、家族全員が会社と学校を休まなければなりません。どうしても車に乗せることができず、警察を呼んだことも何度かありましたが、民事不介入という性質上、よほど暴れて傷害の恐れでもなければ見ているだけです。
さらに、ここで相当用心しなければ、家から逃げ出してしまうこともあります。隣県の警察に保護され、夜中に高速を飛ばして迎えに行ったこともありました。
【精神科病院はどこにある?】
母が入院するのは、閉鎖病棟のある精神科病院です。窓に鉄格子、病院内には施錠された扉がいくつもあります。そうした病院はあまり近所にはありません。大抵は、びっくりするほど山奥にあります。まるで犯罪者のごとく、地域から拒絶され隔離された施設です。
前回記事で書いた通り、精神障害者への差別意識や恐怖感といた否定的な感情がある以上、住宅地に閉鎖病棟を設置するのは困難です。それどころか、時々脱走者があれば、警察が山狩りをすることだってあります。
もちろん、数は少ないですが都市部にも精神科病院はありますし、中には開放病棟が素晴らしく整備された施設もあります。しかし大抵の場合は、入院費が高額で、入院希望者が溢れてしまっていて、高齢者患者や母のような重病患者は受け入れてくれません。
【病院内の暮らしと治療環境】
家族に押さえつけられて入院するほどですから、最初は隔離室に入ることになります。自傷行為や自殺防止のため、部屋に家具は一切なく、床に便器がひとつあるだけです。まさに独房というのが相応しいと思います。それでも暴れるようなら、ベッドに身体拘束されることもありますし、病状によっては家族でも面会を制限されることがあります。
まずはこの隔離室で投薬治療を開始し、数日で症状が治まってくると、今度は大部屋に移ります。大部屋は普通の病院と何ら変わりません。精神疾患以外に、アルコールや薬物依存者も一緒に入院しています。身体に持病が無ければ、タバコやお菓子なども認められていますが、酒は厳禁です。病棟内での移動は自由ですが、閉鎖エリア以外への移動は制限され、庭を散歩するにも主治医の許可が必要です。
【医師とスタッフの印象】
これは個人的な印象ですが、医師とスタッフの対応や接し方は良好とは言えません。その点では、サービス向上を訴える、最近の街中の総合病院とはかなり違います。
まぁそれもそのはずで、誰でもこんな山奥の病院で働きたいとは思いません。都会の大学付属病院で働きたいはずです。従って、多くの医師や看護師は、赴任してから徐々に対応が横柄になり、1~2年の短い期間で入れ替わります。そのため、治療や看護は必要最低限のものだと思って下さい。たとえ不満でも、それに納得するしかありません。
【外泊治療から退院へ】
入院から1~2か月経つと、自宅への外泊をするようになります。その間、もちろん家族は眠れない日々になりますが、多少は我慢せざるを得ません。怖いのは、外泊を終えても病院に戻らなくなってしまうことです。そうなると、また入院時と同じことが起こります。そんなことを何度か繰り返した後、概ね3カ月が経つと退院します。
ただし、外泊や退院は必ずしも家族や本人の希望ではなく、半ば強制的なものです。母の場合は、全く症状が治まっていなくても何度も退院させられました。
実は健康保険の制度では、90日を経過するとそれは治療ではなく療養と見なされ、入院基本料などの診療報酬が下がります。これは、不足するベッドを空けるための政府政策によるものですので、利益率の悪い患者は否応なしに、堂々と追い出されます。一度だけ、主治医からの退院勧告を拒否し続け、1年半粘ったことがありました。しかし、退院後しばらくして再入院することになった際には、主治医ではなく事務担当者から、「家族の支援体制が悪いので今後一切断る」と拒否されてしまったこともあります。
参考:厚生労働省資料「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」
【退院とその後】
家族からいつも主治医にお願いしていたのは、退院までに薬だけは飲めるようになって欲しいという1点のみでした。しかしその期待は1カ月、長くても3カ月でいつも打ち砕かれました。私と家族にとって、薬の拒絶→異常行動→入院というサイクルは、まるで厳冬の季節が到来するように、やってきては苦しめられるという死のサイクルのようでした。母が亡くなるまで、そのサイクルは結局止むことはありませんでした。
中には、このサイクルを恐れる余り、当事者を入院させたまま家族が引っ越して蒸発するようなケースもあります。驚かれる方もいると思いますが、そうしたケースは少なくありません。実際に、山奥の閉鎖病棟入院患者の何割かは、そうして身寄りを失った人々です。恐らくはその多くが、この病棟で死を迎えることになります。
かなり差別的で、ブログに使うには相応しくない記述もありますが、これが私が見た現実でした。できるだけ脚色せずそのまま描いたつもりです。
統合失調症は、本人のみならず家族も苦しみます。日常生活が困難になり、時には仕事にも支障をきたします。私自身、妻に出会っていなければ、20代の時点で結婚はほぼ諦めていました。仕事を辞めて母の面倒を見て暮らすしかないかという思いと、母など放ったらかして逃げ出してしまおうという思いに、30年間ずっと葛藤していたような気がします。
さて、今回も最後まで読んで下さりありがとうございました。一度に全ての事を書くのはちょっと無謀な気もしてきましたが、予定ではあと3回の記事で完成させるつもりです。ご興味がありましたら、また次回もどうぞお付き合い下さい。
面白かったらランキング上げて下さい→
統合失調症障害者の家族として(3)に続く