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この国のタブー

素人がタブーに挑戦します。
素人だけに、それみんな知ってるよ?ってこともあるかもしれませんが。
コメント、質問、大歓迎です。お手やわらかにお願いします。

あなたは体罰に反対ですか?それとも容認しますか?

実のところ、私自身は体罰容認派です。
仮にもしうちの娘が学校でいじめに加担したら、担任の先生には「ビンタくれて説教してやってください」と言ってしまうかも知れません。ただし恐らくは、「自分でやれ」と言われてしまうでしょうけれど。

しかし世の中全体を見れば、私のようなことを言う人間は少数派ではないかと思います。事実、日本の教育は体罰を固く禁じていますから。
しかしもう一方では、世の中で右寄りと言われる方々の中には、私より遥かに強烈な体罰容認派が少なくありません。石原慎太郎や田母神俊雄などは代表格でしょう。という話になると、今度は左側から「軍国主義者!」と罵声を浴びせられてしまうので、いつまで経っても冷静な議論が進まないという状況です。
要するにタブーってことです。

そこで今回は、こういう薄っぺらな感情論やイデオロギーは極力排し、冷静になって「体罰」を掘り下げてみることにしました。



【体罰は法的に禁じられている?】

今日の新聞で、兵庫県教育委員会が「体罰」と「懲戒」の線引きをしたというニュースが報じられました。実は「学校教育法第11条」では、体罰を禁じる一方で懲戒は容認されています。つまりどこからが体罰なのかが難しいため、ガイドラインを作成したという訳です。
 参考:読売新聞(2013年8月2日)「体罰と懲戒線引き明示 県教委、教職員手引を改訂」

記事によれば、ここで言う「懲戒」には、立たせたり正座させたり、放課後に居残って課題や掃除当番をやらせるのは、全て容認されることになります。一方、つねったり叩いたりする方法は不可です。要するに、方法論や程度の問題があるにせよ、罰する行為を教育(あるいは教育環境の保全)に用いること自体は何ら違法でないということです。
これ、結構驚かれる方は多いのではないでしょうか。

ただし、上記の法律論はあくまで学校現場の話です。家庭内での教育については親の権利ですから、体罰を禁じる法律はありません。もちろん、過度な場合は児童虐待防止法や傷害罪等の適用もあり得ますが、やっぱり程度の問題です。

TVや本で見かける「教育評論家」と称する人の中には「叱ることで子供は育たない」とか、「誉めて育てろ」といった極論を言う人もいます。恐らく彼らのこうした論によって、私達はしばしば、体罰禁止=罰してはいけないと誤解しがちです。しかし、罰を与えることが教育に必要かどうかは別の次元の議論であり、今のところ法的には認められているというのが、正しい理解です。



【本当は世論は割れている】

さて、体罰による重大事故が起こると、マスメディアはいつも一斉に体罰反対キャンペーンを展開します。だから私は、世の中は体罰反対が多数派で、私のような人間は少数派なのだと長らく思っていました。

しかし、大阪市立高校の事件の後に行われた世論調査結果は、かなり意外な結果だったようです。事故直後にもかかわらず、反対派4割に対して容認派は6割と、拮抗しているのです。
 参考:msn産経ニュース(2013.2.25)「体罰「場合によっては仕方ない」57・9%、「一切ダメ」40・3%を上回る」

正直これ、おかしいなと思いました。上記調査は産経ですからどちらかと言えば右寄りのメディアですが、それにしても想像以上の数字です。マスメディアはいつも「体罰禁止は世界的潮流」だと言っていますので、ついでにこれもググってみました。でもやっぱりおかしい。ニュージーランドも仏国も体罰容認してますね。
 参考:NZ Daisuki.com(2008年9月29日)「世論調査:体罰禁止法」
 参考:47NEWS(2009/11/23)「仏で尻たたき禁止法制化にノン 世論調査で82%が」

どうやら真実は、国内世論も国際世論も割れているようです。



【体罰はなぜ無くならないのか】

実は、ネットや書籍で「体罰」を調べると、反対派も容認派も、感情論と個人的価値観だけで主張しているケースが9割以上です。つまり、精査された情報は極めて乏しいと言うことが分かります。社会問題とまで言われているのに、これはちょっと異常でしょう。

体罰反対派の人はよく、体罰が続く原因を「軍国主義に基づく古い固定観念である」と主張します。一方、容認派の人はしばしば、「昔はいっぱい殴られたけど良い時代だった」と主張します。これらは常套句の双璧です。
しかし私は、どちらの懐古主義も誤りだと考えます。既に過去記事でも述べましたが、日本は戦前から体罰を固く禁じていたし、江戸期に至っては極めて体罰が少なかったということがわかっています。いずれの記事で詳しく言及する予定ですが、要するに誤解したイメージに囚われているだけです。
 参考:過去記事「少年犯罪は凶悪化してない?」

では、どうして禁じられているにもかかわらず、体罰は一向に無くならないのか。私が調べた感想では、体罰による一定の教育効果が立証されきたからだと思います。それは教育者の経験則によるものです。
体罰は言わば動物を躾けるのと同じ理屈ですから、身体的痛みは子供でも記憶に残り易いため、一定の矯正効果があると長らく信じられてきました。その考え方は後に、動物の行動研究というようなレベルでなく、行動心理学や大脳生理学の見地からも裏付けられてきた歴史があります。

一方、それとは対照的に、体罰に教育効果が無いと立証した研究成果は、ネット上ではひとつも見つけられませんでした。あれれ、おかしいですね。体罰を禁ずる法の論拠が、全く存在しないことになってしまいます。



【体罰は非人道的?】

ただ、上記はあくまで研究に限った話です。現実に目を向ければ、体罰によって不登校や自殺といった事件・事故は、毎年のように報じられます。体罰に免疫のない世代には、体罰によってPTSDなど深刻な被害を受けるケースも増えているそうです。

さて、こうなるともう事態は人権問題へと発展します。反対派の人々は、子供の自由や権利を主張し、教師による支配や横暴だと訴えます。「体罰の強要は教師への人権侵害」と主張する先生もいます。中には、「大人への体罰は許されないのになぜ子供にだけ許されるのか」といった論まで登場しています。私はちょっと暴論かなという気がしますが。

子を持つ親からすれば、親も子も打たれ傷つきながら暮らし、お互いに成長していく実感を日々感じているものです。体罰を受ける側が苦痛だということは良くわかっていますし、叱る方だって気が滅入ります。我が子をゴツンと殴るのは、やはり胸がとても痛むものです。それでも、教育には時にそんな苦労が伴うからと自らを叱咤している人だって居るでしょう。またそれは、周囲の友達同士や先生と生徒の関係も、本来は同じであって欲しいと願っているはずです。

私は、確かに人権や道徳は大切ですが、子育てと教育は時に道徳を超えた所に存在し得ると思います。もはや理想論だけで、反対派と賛成派の双方が分かり合えるとは到底思えません。

実際、教育現場からはこんな声も上がってきます。
「ゴツンと1発殴られてお終い」と、「1時間くどくど説教され続ける」のではどちらが苦痛か、どちらが非人道的か。こんな問題も、実際の教師たちが抱えるジレンマだそうです。難しいです。。。



う~む、考えれば考えるほど、文章が長くなってしまいます。続きは次回にしますが、次回は反対派と容認派、双方の具体的主張を取り上げ、それから学術的な研究も引用しながら議論をさらに深めていく予定です。Amazonから本がいつ届くかにもよるのですが、全3回くらいでまとめるつもりです。

それでは、今回も最後まで読んで下さりありがとうございました。続きもどうぞよろしくお願いいたします。



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体罰のおかしな論争(2)に続く