考えて考えて
ずーっと考えてたら
ポンと出てくる
私の場合
考える
ってより、
追い詰めてる
って感じだと気付いた。
答えは決まってて
そうしたくないのに
答え以外は却下し続けてたり
答えは見えてるのに
逃げ続けてたり
正解をみつける
ってより、
その正解にどうたどり着かせるか
それだった。
正解が正しいって信じてるし
正しさが正解だった。
…つたわったらキセキね
R-0が終わった時
あぁ。
もうこれ以上傷付くコトは
お互いにないんだなぁ
と泣きながら思った。
R-0が出来た時に感じた
気持ち悪さを今でも覚えてる。
現実、非現実と区別してた世界が
融合した現実に頭がイかれた。
R指定0(なし)ってのと
R(アール)-0(ゼロ)
=あり-なし
=YES-NO
=いい-いや
=11-18
RYOHEY-0(ラヴ)
R=右(彼から見た立ち位置)
R=アルファベット18番目
ってのを掛けて勝手に作った。
愛は終わらない
そう思ってた。
でも2014年いろいろ終わった。
継続って
そのままの状態を
維持するだけじゃなくて
よくもわるくも
深くなっていくモノ?
継続って無意識だったりする。
Twitterで
当たり障りのないコトばっかり
並べてると自分が知られている
という事実を忘れられる。
合言葉言われるまで
ホントに忘れてる。
言われた瞬間
ハッとなる…
夢から覚めた
みたいな…
ただ楽しいだけじゃダメなんだ
って気付いてしまう。
忘れるってのは
都合よくいかないんだなぁ
と毎回思うケド
もしかしたら忘れられてるカモ♥︎
って何の期待だかわからない
変な現実逃避を毎日繰り返してる。
よく考えるとTwitter
それ自体が仕事だから忘れるなんて
ありえないんだなぁと
今更ながら思ったり←遅
そしてこれも毎回思うケド
無言になると
FANに申し訳なく思う。
本人にじゃなくてだよ?
それもそれでどうかと思うケド
だってみんなツイート待ってる
どんな言葉でも待っててくれる
優しいFANのために
つぶやいて欲しいと本気で思う。
でも、
当たり障りのないつぶやきは
安心感と空しさが共存してる。
ずっと言いたかった言葉を
簡単に言ってしまうDAISUKEさんは
ほんとうに尊敬。
ありがとう
が難しい言葉だと思ってた。
ごめん
がもっと難しい言葉だと気付いた。
言葉に
想いに
制限をかけてた。
それが私の正義だった。
強がりも弱さも
ウソもホントも
本当はそんなのどうでもいい。
素直な言葉を吐き出せないのが
1番つらかった。
ありがとうはありがとうのまま
ごめんはごめんのまま
いろんな想いを詰め込んで
愛はもれなく
感謝にしすぎはない
欲は楽しく出す!!!
…努力必要