4月がもう終わるね
父がいなくても誕生日には母はケーキを焼くし
私はそれを食べに行く笑
そして
おばあちゃんとおじいちゃんを思い出して
私がここにいることを再確認する。
がんばれ
小学生の頃から朝起きれないウチら兄弟を起こす時の父の掛け声。
3段ベッドの前で起きるまでずっと言ってた。
名前を呼んで、がんばれ~
って…
ユルすぎて
今思い出すと笑えるし泣ける。
小学高学年から矯正を始めた。
アゴが小さくて歯が入りきらず、
大人の歯4本抜いて、
抜いた所に歯を動かして…
って言うのは簡単だけど、
実際にはクソ痛くて布団の中でキレながら泣いてた。
その時もがんばれ~
っておどけて言ってた。
正直めちゃくちゃムカついてたけど、
今思うと気を紛らわせてくれてたのかな。
勉強しろって言われたことなかったし
夢を否定されたこともなかったし
やりたいコトに反対しなかったし
定年したら喫茶店やるって
ずっと夢を語ってた。
ライブの遠征も止められることもなく
北海道から福岡まで…
まぁ自分で稼いだお金で何しようが自由だけど
子供だけで行くことをよく許してくれたよね…
家カギは持たせてくれなかったくせにさ。
お葬式の準備の時、
どんなお父様でしたか?と聞かれ、
家族全員一致で
優しい人
と答えた。
怒られたコトが数えるぐらいしかないから記憶に濃く残ってる。
まぁそれも勘違いで怒られてるんだけども…
それにしてもやさしさのかたまりだったなぁ。
無口だから無関心なのかと思ってたけど
母から父が心配したり
喜んだりした報告を受けてたから
気にかけてくれてるんだって思えた。
授業参観には必ず夫婦で出席してたし
体育会の時は子供よりもヤル気満々だったし
入学式、卒業式は制服着て来賓で出席してた。
中学に入ってからも同じく…笑
部活の試合見に来て応援してくれたし
高校になっても公演を観に来てくれてたし
バイト先には家族で来るし
専門学校の入学式も行事も夫婦で来てたし…
仕事先にも家族で来るし…
専門学校を卒業間際に中退する時も
いいんじゃないか
って言ってくれた。
普通よくないだろ…
拍子抜けした…
責めもせず許してくれた。
私がその時どきで本当にしたいことをいつも理解してくれてた。
お正月もクリスマスも誕生日も結婚記念日も家族で集まってた…
小さい頃から
夏はプールと海と猪苗代湖、
冬はスキーに何度も連れて行ってもらって
ディズニーは年に1回必ず行ってた
小学生の頃から家族で映画にカラオケに温泉とか飲み屋に行ったり
大人になるにつれて回数が減ったり
日にちがズレたりしてたけど
一緒にいた時間は長いね
ラジオが好きだったね
仕事中もお昼休憩の時もラジオを流してた
野球中継もラジオで聞いてたね
車で遠出する時は
私たちの好きなCDをずっと流してくれたね
絶対ラジオがよかったよね
でもアルバムの曲が終わる度に
次は?って聞いてくれた
ちょっと道路状況だけ聞かせてって
ブーイングにあいながらも笑ってた
休みの日に家にいることなんてなかった
なんだか書いてて恥ずかしくなってきた笑
甘やかされて育ってる笑
去年
車を買う時も
一人暮らしの家を探してる時も
頼んでないのに心配してくれて
知り合いの人に声をかけて紹介してくれた。
計り知れない愛に甘えていられた私は幸せ者だよ…
ありがとうの涙が滝だよ笑
きっと涙が枯れる事はないんだろうな
悲しい涙でも悔し涙でもないから。
深すぎて まだ愛だと気付けてないコトもあるんだろうな。
ムービーは載せられないから残念。