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荒井美加【未来を創る瞳 観知る瞳】





1ハート【90才すぎの祖母と孫】有料介護老人ホーム/PART1 09-10-22
http://ameblo.jp/future-eye/entry-10370824895.html



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(祖母の足先)



私の両親は千葉県で暮らしています。


私は、おばあちゃんっ子で育ったのですが、その90才を越える祖母は現在千葉県の両親宅の近くの介護つき有料老人ホームに入居しています。
入居時に1千万程支払い、毎月30万程の費用を支払っています。
祖母は良く入院、手術もする為、月に50万以上かかる時もありますが、両親は『どれだけお金がかかってもいいから、1日でも長生きしてほしい』 と言っています。


母は毎日ホームを訪れています。
本当は一緒に暮らすのが一番なのですが、車椅子生活で
認知症でもある祖母の面倒をみる事や介護に母が疲れきってしまい心労から倒れた事もあり、ホームへの入居に踏み切りました。
祖母は母の姿が一瞬でも見えないと、絶叫のごとくに母の名前を呼び続ける事もあり、母は気の休まる時がありませんでした。



ところで、私が祖母の入居しているホームをはじめて訪れた時の事ですが、働いている方たちの笑顔がとても綺麗で、両親に『みな笑顔が綺麗ね~、つくり笑顔でなく、あの笑顔が常にでてくるのは凄いわね』 と言ったほどでした。
そして祖母は私を見ると、『あんたは誰だい?』 と小首をかしげながら考えこみ、母が『お母さん、忘れちゃったの?大切な孫でしょ』 と声かけると、『あーっ!みかちゃんだー!』 と嬉しそうに顔をほころばせ輝かせました。


しかし、、、、、写真は祖母の足です。
マッサージをしようと靴下を脱がせ、この足を見たとき絶句しました。
ホームで爪きりがされておらず、伸びっぱなしにされていたのです。

人差し指よ小指の短い爪は、この時私が爪きりで切ったものです。
私は絶句したまま母を呼びにいきました。


やはり施設では家族や本人が望む充分な満足のいく介護を望めないのが現状でもあります。

施設に入居させて年に1~2回程度しか顔を見せないご家族の方達も多くおいでになりますが、やはり月に1度でも定期的にご家族が訪れ、触れあい含め状態をチェックされる事が望ましく思います。


祖母もですが、とても寂しがるのですよ。

毎日毎日、母が訪れていてさえ、とても寂しがります。





PART2へつづく








2クローバー『祖母との想い出と思い』 09-11-18
http://ameblo.jp/future-eye/entry-10391128247.html



 【祖母と私の絆】



昨夜はなんだか寝つけなくって、4時すぎまで起きていて起床が9時30分でした。
今夜はスーッと寝れるかしら。





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これは最近祖母にプレゼントしたものです。


腕時計とクローバークローバークローバー(本物)のネックレス、それと駄菓子屋で売られているお菓子を可愛い袋に沢山詰めて送りました。
お菓子は子供時代を懐かしんでもらいたかったのです。

90を超える祖母についてエントリーらに少し書きましたが、年齢を重ねていくにつれて段々と子供のような面も多くなりました。

●【90才すぎの祖母と孫】有料介護老人ホーム/PART1




母方の祖母、私の祖母は医師(病院長)の娘で女学校を出て親類の紹介で警察に入ったのですが、勤めはじめ数日で警察署長と大喧嘩をして啖呵をきって辞めたような人で、誇り高く気丈で気性が強く人情味に溢れているのが特徴でもあります。


【てるこさまの時計】の文中に母方の親類の大伯父の話しがでてまいりますが、最高裁判事【故:柏原語六】 と申します。

国からは勲章を授与されております。

判事の前は弁護士で東京弁護士会の会長をしておりました。


そしてあの時代の人には珍しく、スラリと伸びた脚長で170cm(私は173cmです)もの長身と彫りの深い顔立は日本人離れしています。


このところも日々私の幼い頃の事や、祖母との出来事をよく思いだします。
金網をよじ登り線路に入り動けなくなった私に電車がやってきてひき殺されかけた時も(やんちゃでしたので)、祖母は捨て身で電車をとめ私を助けだしてくれました。


想い出は、良い事楽しい事ばかりでもなく「なんであの時、ああしてやらなかったんだろう。○○してやれば良かった。ごめんなさい…‥」 と今更ながらに悔やまれる事もありますが、その分現在の祖母への思いに反映されてもいます。

そして私には祖母と共に暮らしたい思いがあります。
私を守り愛し育ててきた祖母を、今度は私が一緒に暮らし自然の中で守りながら愛しつづけていきたいのです。


1日も早く四葉のクローバー







3princesse de monaco母の本が発売  『てるこさまの時計』 10-02-23
http://ameblo.jp/future-eye/entry-10466169516.html



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【おしらせ】です♪


以前より お話ししてきた母の本が2月15日に発売されました


旧正月明けの発売で さいさきが良い予感です


『てるこさまの時計』 著者 内原 詔子 (shoko uchihara)


文芸社 1100円です



本の推薦文は 母と古くから親交のあるDr.中松氏が ご好意で書いて下さいました

(中松氏は、自宅で開くホームパーティーなどにも遊びにいらっしゃいます)


以前より 中松氏は祖母と出会ったことにより御自身も『長生きしなければ』と思うようになったとうかがってもおります




タイトルの“てるこ”というのは祖母の名で“荒井照子” と申します


本についてはの【文芸社】 を参照されて下さい



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【文芸社】てるこさまの時計 大切な人が認知症と言われたら




でも母の本について書きました

【出版】母が祖母の認知症介護について書いた本が発売される

【ホタテ 蟹】Dr.中松氏のパーティー




本の内容ですが 祖母の介護を通した経験談と認知症の方を抱えているご家族の方たちへのサポート的な内容になっております


少し抜きだしてみますと 第2部では

2. 病院はどこを受診する?

6. 自宅介護サポートのしくみ

8. 施設選びはどうする?

         となっています




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表紙とタイトルの“時計” “マーガレット”について少しばかり

認知症の方たちというのは 時刻の針の位置を時計に書き込む事ができず 祖母も以前は書けませんでした


マーガレットの花は 母は認知症の方たちを“認知症”と呼ばずに“マーガレットさん” と呼ぶようにし(認知症状と呼ぶと傷つけてしまうので)  認知症の方たちに目印としてマーガレットのブローチをつけてもらうようにすれば 第三者も対応がスムーズにいくのではないかと考えている事から(本の中でも説明しています) マーガレットの花を表紙に使っています

介護問題を抱えている方たちはじめ 多くの方に読んでいただきたい 少しでもお役に立てたらとのことです

どうぞ書店で手にとり軽く目を通されてみて下さい




※私のもっている内の数冊をレンタル用にして貸し出すことにいたしました


1人でも多くの方達に ぜひ読んでいただきたいからです


情報は必要です


【情報は宝である】 と私は云ってきました


そして “その情報が事実であるか否かの確認なしに信じ込みしてはならない 見聞きするものを鵜呑みにしてはならない”  “考えなさい 思考を磨き鍛錬しなさい” とも云い続けてまいりました


情報といっても色々です 


必要なもの 不要なもの 知る必要のないもの 知ってはならない見聞きしてはならないもの さまざまです







4宝石赤母への誕生日プレゼント 『落款印と印泥』 10-03-07
http://ameblo.jp/future-eye/entry-10475293993.html



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明日3月8日は母の誕生日です

今年のプレゼントは落款印と印泥です音符

母の姓名(内原詔子)でお願いしました

素敵なのが出来上がりました(2.5×2.5cmサイズ)

印泥は【光明】(明るい赤)と【美麗】(深みのある赤) の2種類を用意しました






なぜプレゼントに落款印を選んだかといいますと 母が執筆した本を親しい方々や付き合いのある方々にお渡ししているのですが その時母は本に言葉を書きいれているんですね

そこへ この印を押してもらえたらと思い選びました(^-^)

どんなふうに喜んでくれるかしら




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母が長年の祖母の認知症介護について書いた本が2月15日に出版された事はお話してきました

母と母の本についてはを御覧下さい

母の本が発売  『てるこさまの時計』



この約10年間 母は祖母につきっきりだったのです

家族の介護をされている方 経験のある方ならおわかりになると思いますが 常に生活の中で大きなウェイトをしめます

介護されている方々は本当に大変な思いをされていることと思います


現代は高齢化社会ですが 介護し面倒をみるには様々な問題がうまれます

介護疲れからの家庭内殺人 無理心中らの事件も世間を騒がせましたが 介護は深刻な問題です

介護される者 介護する者 どうか共倒れになどなりませんように・・・・・・







ベル■ 以下は 【てるこさまの時計】の前書きの【はじめに】からを省いた 本文最初からの14~をスキャナーでとりこみました
各画像はクリックで大きくなり 《次の画像へ》クリックで順次に読み進めます



本 [P14~15]

荒井美加 【未来を創る瞳 観知る瞳】-【てるこさまの時計】




------  母は私の誇り  ------


 母親というのは、誰にとっても特別な存在であると思います。私にとっての母は、つねに仰ぎ見るような女性でした。とはいえ、決して近寄りがたい雰囲気の持ち主ではありません。優しくて品があって、そのくせお茶目で可愛らしい面も持っています。そんな母のことが、私は昔もいまも大好きなのです。


 幼いころの思いでは、充分に手をかけてもらったということしかありません。私はいつも母の手作りの洋服を着ていました。裁縫の得意な母は、レースやフリルのついた可愛らしいワンピース、ブラウス、スカートなどを私に着せることが楽しみのひとつであったようです。ふだん着やよそ行きだけでなく、水着まで母のお手製でした。


 お正月には必ず新しい着物を用意してくれました。毎年十二月になると、呉服屋さんがわが家に反物を持ってやってきます。それを、元旦に間に合うように母が仕立てるのです。私と妹の二人分の着物を、母は一週間くらいで仕立てていました。


 お正月の三が日はずっと着物で過ごします。母もまた落ち着いた和服姿で、子供心にも「きれいだなあ・・・」 と思ったものでした。
「しょうこちゃん、お出かけしましよ。ぽっくりを履いてね」

「どこへ行くの?」

「今年もいい年になりますようにって、神様にお祈りするのよ」

真っ白い足袋をつけた足を小さな鼻緒に通し履きなれないぽっくりで歩きます。

それは、本当に晴れがましい気分がするものでした。母に手を引かれて、初詣やご近所へのご挨拶に連れていってもらった幼い日を、いまも思いだします。


 私が小学校に入学してからは、母が毎朝髪を整えてくれました。いまと違って、髪をセットするための電気製品などない時代です。母は、火鉢の中に何本もコテを入れて熱し、それを使って私の髪をカールさせるのでした。これが毎日のことなのですから、現代の生活では考えられません。本当に大切に育てられたのですね。いまでも、あのころの母の優しい姿が目に焼きついています。


 母自身が生まれ育ったのは、お手伝いさんが何人もいるような家庭です。一人娘ですし、仕事をしてお給料をもらったことは一度もありませんから、いわゆる“お嬢様育ち”といえるかもしれません。それでも---だからこそ、でしょうか------ 礼儀やマナーといったことには人一倍厳しかったです。私も、三つ違いの妹も、口のきき方や食事の作法からお辞儀の角度まで、それはもうきちんとしつけられました。


 いまも忘れられないエピソードがあります。母の伯父、つまり私の大伯父が亡く






本 [P16~17]


荒井美加 【未来を創る瞳 観知る瞳】-【てるこさまの時計】




なったときのことです。


 大伯父は最高裁判事という地位にある人物でした。母はもちろん葬儀に駆けつけましたが、あちらのご家族の前で出すぎた真似をしてはいけないという思いがあったのでしょう、後ろのほうで控えておりました。それでも大勢の親族や錚々たる参列客の方々でごった返している様子を見かねたのか、しばらくしてから、こんなふうに申し出たのです。

「あの、なにかお手伝いさせていただくことがありましょうか」


 こころよく了解していただき、母は動き始めました。お客様のご案内、お食事のご用意、途中で帰られる方の車の手配などなど・・・・・ あくまでも、“お手伝い”ですから、決して出しゃばったことをするわけではありませんが、その場の様子を見ながら的確に敏速に対応しており、舌を巻くほどの働きぶりでした。非常時だからこそわかる、女性の真価を見せられたような気がして、私は心底感動いたしました。

「ああ、私は絶対、お母さんにはかなわない・・・・・」


 このとき母は、六十五歳でした。ふだんは孫をおんぶして世話してくれる優しいおばあちゃんですが、出るところに出たら、だれもが驚くようなオーラをまとう母。大舞台でも決して臆せず、すべてをそつなくこなす母。控えめな外見の奥に秘めた芯の強さと有能さに、心を打たれてしまったのです。いつかそれを母に話たら、こんなふうに言って励ましてくれましたが。

「私にかなわないなんて、そんなことないのよ。私はお勤めしたことがないけれど、あなたはずっとお仕事してきたじゃないの。それはとってもすばらしいことよ。もっと自信をもちなさい」


 お医者さんになりたいと思ったこともあるそうですが、母はどちらかというと文学少女でした。

詩や文章を書くのが大好きで、懸賞小説に応募して佳作をいただいたこともあります。年をとってからも、孫との会話を楽しみたいからと言って、つねに各種の辞書や現代用語辞典をかたわらに置いて勉強していました。そんな母はずっと私の誇りであり、理想の女性でした。


 昔の母の姿がまぶたに映ると、私の胸は懐かしく慕わしい思いでいっぱいになるのです。

いま目の前にいる母も、あのころと同じ優しいほほえみを浮かべて、私を迎えてくれます。

この母の笑顔が一日でも一時間でも多く見られるようにと、祈るような日々を過ごしています。


 これからもずっと穏やかに楽しく暮らし、認知症でもいい、できるかぎり長生きしてほしいと切に思います。以前から、“一卵性親子”と言われていたほど、母と私は一心同体。母が病気になると、すぐに私の体調も悪くなり、母が笑顔になれば私の生活も安定するのです。


母の幸せが私の幸せ---その思いを胸に、いまも一喜一憂する毎日です。






本〔P18~19〕



荒井美加 【未来を創る瞳 観知る瞳】-【てるこさまの時計】



------  スイカがごろごろ?  ------

ずっと私の心の支えだった母。
そんな母に異変が訪れたのは、八十の声を聞くころからだったと思います。
 その前から、老人特有のもの忘れや、「つい、うっかり」 という出来事が少しづつ出てきてはおりました。
しかし、これは単なる老化現象ですから、もちろんどなたも経験することでしょう。
「つい、うっかり」 というようなことがあっても、笑い話ですむようなら、生活に何も支障はないし、目くじらを立てることもありません。
母の場合も、最初はそうだったと思います。
それがいつのまにか、しだいに深刻なものになっていったのです。

あれはいつのことだったでしょうか。
心配そうな顔で、母がこう言ってきました。
「しょうこさん、私、お金を捨てちゃったかもしれないわ・・・・・」
 お金を“なくした”とか、“落とした”とかならまだわかるのですが、“捨てた”とは、いったいどうしたことでしょう。
私は思わず聞き返しました。

「お金を捨てたって、どういうことなの?」
「あのね、ゆうべお金を封筒に入れてテーブルの上に置いておいたのよ。それが、今朝起きて見てみたら、どこにもないの。もしかしたら、ほかの要らない紙なんかと一緒に捨てちゃったのかしらねえ・・・・・」

ゆうべ、テーブルの上に広告のチラシやダイレクトメールなどが載っていたのは、私も知っていました。
けれど、そうした不要なものと一緒に、お金の入った封筒を捨ててしまうなんて、きちんとした母にしてみれば考えられないことです。

「お母さん、いったい封筒にいくら入っていたの?」
「それが・・・・・・・ 三十万円」
「ええっ!」
 
 なんとまあ、大金ではありませんか。
どこかに紛れ込んでいないかと、二人して家の中をあちこち探し回ってみました。
それでも、結局出てきませんでした。
やはり、その日の朝に捨てたゴミの中にまぎれてしまったでしょう。
母は悲しそうな顔で、「昨日、銀行からおろしてきたばかりなのよ。本当にこのごろ、どうかしているわ。」

 私もそれ以上何も言うことができませんでした。
とても笑い話ではすまないのですが、しかたないとあきらめるしかありません。













ご報告が遅くなりましたが 


2013年8月23日(金)午前12時すぎ 祖母 荒井照子が心不全により この世を去りました


大正5年11月1日生 96歳でございました


葬儀のほうは前々より家族葬で行うこととしておりましたので どちらへも御連絡はいたしませんでした






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さいごは とてもやすらかな顔で 微笑んでおりました







私は両親と祖母に育てられ 祖母は母親のような存在でもありました


日々 幼いころからの出来事が思い出されます


いつも守ってくれてもいた祖母



いままで ありがとう






※祖母は6年程前に足を骨折した事で車椅子生活になり


又その頃くらいから認知症の症状も進んだ事らが重なり 実家からすぐ近くの有料介護施設のほうへ入っておりました


母はほぼ毎日のように祖母に会いにいっておりました


しかし私はいつか祖母を施設からだして私がひきとり


一緒に自然豊かな土地で暮らしたいと願い 心に掲げながらブログ上でもお話してまいりました


自然あふれるなかで あふれる光のなかで最後を迎えさせ看取りたいとも思っていたのですが 叶えることはできなくなりました








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こんばんは

このところ天気がぐずついていますが、テラス菜園のほうは順調です(笑)


早く個人の農園をもって、思いっきり作物や植物らを育てたいですね~~~ビックリマーク


もちろん動物も!


やはりテラスでは18畳位はあるといってもスペースが狭いですからね。


自分の手で育てあげたもの、つくったものを自分で食べる!


これぞ生きる醍醐味でございまする☆ハートハート




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マイクロトマト、プチトマトもテラス菜園の定番です。




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そして私がワイルドストロベリーを育てているのかどうかを口うるさいスズメたちが興味津々でさえずっておりますので(笑)、ご報告をば!


今年は花は咲いているけれど、まだ実はなりませんね。


2010年の夏に初めて種をまいたのだけれど、実がなると結婚相手が現れるという伝説があるのですって!


7月8日の記事でもおわかりのように見事に可愛らしい実がなりました。


実がなると願いごとが叶ったり、結婚したり子宝に恵まれたり幸せになるとの伝説があるのです。


また《キリスト教では正義の象徴とされていた》との話もあり、


ヨーロッパではLucky&Love(幸運と幸せ) アメリカではMiracle(奇跡)を呼ぶと言われているそうです。





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もうこんな時間だわ。


これから憩いのリラックスタイムのバスタイムに入ります。


毎回、入浴剤を楽しみにしているんですよ。


今晩はこれですね


ど根性の丘ひろみ!懐かしい(笑)


私も学生時代はテニス部でした。


いろいろ思いがよぎります。


もう少ししたら山中湖の部屋のほうへも行きますし、アウトドアを色々と楽しめそうです。



では おやすみなさいませ薔薇むらさき