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【未来を創る瞳】

 

 

 

こんばんは

 

もう秋の匂いが、ときおり風にのってやってくるようになりました。

 

祖母が亡くなり早いもので1か月です。

 

あっという間の1か月でした。

 

毎日、電話で母と祖母について色々と懐かしみながら話てもいるのですが、

 

今日も母は朝から祖母の写真を見て何時間も泣いていたとのことでしたね。

 

祖母が亡くなってから泣きつづけ声が枯れきってしまい、葬儀の直後から声帯の治療で病院通いもしているほどです。

 

私も日々いままでの事を思い返す生活を送ってきました。

 

朝おきると、まずは祖母に挨拶をして、私の食事を小皿に分けて祖母におそなえするのも日課です。

 

ただ、考えて思い出していたり写真を見てしまうと辛く悲しくなってくるので、あまり考えないようにはしています。

 

まいにちまいにち、とってもさみしいですね。。。

 

でも、私が悲しむのを祖母は喜びなどせず、私の笑顔を願うので少しでも笑顔でいるようにしています。

 

1日もはやく祖母を安心させてあげることが私にとって大事なことです。

 

ところで今年は伊勢神宮 20年に1度の式年遷宮とのことですが、できたら10月に伊勢神宮に参拝に行く計画をしています。

 

ちなみに祖母の照子という名は、天照大神にあやかって名付けられたとのことです。

 

祖母について、いままでにお話してきましたが、とても人情味のある気丈で豪放磊落で洒落た祖母でした。

 

また173cmの私とたいして身長が変わらず、あの時代の人にしては日本人ばなれしていましたね。

 

祖母の記事は、また日を改めて書きます。

 




【未来を創る瞳】

リビングの一角
 


リビングの一角


 


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さぁ、話は変わり本題へ~


 

写真は部屋のリビング&テラスの一部です。


 

テラスが18畳リビング20畳くらいでしょうか。


 

毎朝まずはこのテラスへでます。


 

そしてテラスかリビングのこの6人用のテーブルで、右から左までの180度の山々を眺めながらユッタリお茶をのんだり食事をしますね。

 

最上階だし、もう絶景ですよハート


 

このテーブルはもう25年近く愛用しているのでアンティークとよんでもいいかしら(笑)


 

そのあとは奥に見えるPCコーナーで作業をしたりetc・・・


 


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家庭菜園もしています。

 

これは私にとって、なくてはならない大好きなバジルsei

 


 


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この部屋は自然に溢れていて、この写真は部屋の1室の窓からわずか1mくらいですね。


 


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これはテラスからの撮影で、右に写っているのはリビング部の端にあたります。

 

私の部屋だけこのような状態で、まるで木々にまもられているかの状態です。

 

もうだいぶ葉っぱが紅く色づきはじめています。

 


 

 

【未来を創る瞳】

 

 

そしてお客様もおおく(笑)

 

このまえも白い細い蛇が窓の隙間から入ろうとしていましたね。

 

入ってこれないようにシャットアウトしたのは言うまでもありませんかお

 

そ・し・て、ときにはこんな可愛らしいゲストも。

 

数日間テラスでゆっくりされていきましたよ。

 

 


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これは8月のときの写真で(祖母が亡くなる前です)、

 

みなで簡単に焼き肉をしたときのものなのだけど、

 

もう少しおちついたら部屋での親しい人達との食事の機会も増やしていきたいなと思っています。

 

やっぱり部屋食、部屋呑みっていいですよね~~~花


 

 


【未来を創る瞳】


 


【未来を創る瞳】

 


【未来を創る瞳】


 

この写真は以前にもupしたものでセカンドハウスの山中湖の部屋です。

 

上からマンション玄関、バスルームからの富士山、リビングの一部。

 

山中湖の部屋のほうでも地域交流ふくめ活発に楽しんでいきたいですね。

 


 

 

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これはマンションの敷地内のテニスコートですが室内プールやバーベキューができるコーナーもあるし、

 

それこそまわりは自然の宝庫なので神奈川の部屋とはまた違った楽しみかたができるし楽しみは無限ですね。

 

 

 

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新宿からの高速バスだと2時間くらいでこられるので、ゲストもきやすい環境です。





 


【未来を創る瞳】 荒井美加



こんにちは。


1か月半ぶりの更新です。


もうすっかり冬ですね。


寒さが一気に厳しくなったなか、今日は1日中、部屋でヌクヌクできてシ・ア・ワ・セ(笑)


私はといえば、あいかわらずやることが次から次へと沢山あるなか、


浮腫みや肩こりはあるもののバテもせず、良い調子で一歩一歩進んでおります。


とても順調ですよ(^-^)



 




ところで話は変わりますが、交換ストーカーの事件ですが、ネットのサイトを通しての、


この手合いの犯罪も多くなりましたね。



●東京の43歳男と大阪の歯科医の女ら逮捕 「交換ストーカー」か
東京に住む43歳の男と、大阪に住む27歳の歯科医の女。2人は、お互いの元交際相手らに、ゴキブリを送りつけるなどした疑いで逮捕された。
いわば「交換ストーカー」ともいえる今回の事件。もともと面識のなかった2人を結びつけたのは、闇サイトだった。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00258721.html




人の心の闇は、とてもふかいわ。


以下は心理学の本についてupしたものですが、私が人の心というものに特別な意識をもちはじめたのはいつごろからだったでしょうか。



【未来を創る瞳】 荒井美加

■VoL.1 【平気でうそをつく人たち---虚偽と邪悪の心理学】
http://ameblo.jp/future-eye/entry-10737663518.html



小学校くらいから、ものの数分ほど会っただけでも私にはその人の人間性や本質、その人の心がわかるようになりました。


人の心がわかりすぎるから、だから心理学に関心をもちはじめたのが大きいですね。


親もビックリするほどで、よく小学生の私に『あの人はどんな人だと思う?』 なんて聞いてきて、私が『あの人は○で○で~~~』 なんて答えると『あたってる・・・。なんでわかるの?』 なんてちょうしでした。


もちろん今でもそうですよ。


私の人を見る目、見抜く目というのを、とても信頼しているので常にたずねてきます。



そして今回紹介するこの可愛らしい表紙の本ですが、この本は心理学というか・・・・・


子供さんでも理解できるようなわかりやすい内容の本です。


ぽちとたまの一言アドバイスもとてもいい味だしています♪


著者のハイブロー武蔵氏いわく、

『より自分を生かす人生を送るための“人間関係のバイブル”をめざしました。この本で提案する、いくつかの技術を習得されることによって、読者の皆様の人生がより実りあるものに、ご自身の人生をより充実したものにできますことを心より願っております。』 とのことです。


少し本文より一部抜粋し紹介します。



まず、


P38 【悪い奴に対処するにはどうしたらよいか】


悪い人間は必ずいます。

それは、人間が弱い面ももっているからです。

悪い人間というのは、他人を平気で傷つける人のことを言います。

なぜ、そうなるのか。

それは、そうしないとその人自身が生きていく自信がないからです。

生きていけないからです。


傷つきやすい人、弱い人に比べても、さらにどうしようもなく、極端に弱い人間なのです。


では、悪い人とどう付き合うか。


とにかく、離れることです。

相手にしないことです。

悔しくて、反撃してやりたくもなるかもしれませんが、そんなことは馬鹿らしいと自分に言い聞かせなくてはなりません。


ただし、あまりにもひどくて、自分だけではなく、家族なり、会社なり、恋人なりが傷つけられるようなときは、命を賭けて闘う。

命を失ってもよい、社会的地位を失ってよい、との覚悟をもって。


悪い人間は必ずいることを知っておきましょう。

もちろんよい人間はもっといます。




P70 【他人を傷つける人とのつきあい方をどうするか】


他人を傷つけることを生きていく存在理由にしている人がいます。

人を傷つけないと生きていけないのです。

この人たちの特徴は、相手が怒れば怒るほど、困れば困るほど、生きていく張り合いを持つ、ということです。

困った人たちといえるでしょう。

なぜそうなるのでしょうか。

それは、自分一人で、また他人と仲良く生きていくことができないほど弱い人たちだからです。

その弱さをカバーして、それを、さらに拡大して、他人を傷つけられる精神や言葉の力、腕力、悪知恵を身につけてしまうのです。


基本原則は、危険な人、あやしい人、不気味な人、妙に優しすぎる人、感情のゆれが激しい人などには気をつけ、できるだけ、接触しないことです。


以下省略





よく“類は友をよぶ” などともいいますが、やはり悪い人は悪い人とつきあってもいるものです。


そしてよく悪人は表面上、善人をよそおったりもしますが、やはり内面、心というものは隠しきれないものです。


どれだけ巧妙に善人や常識人を演じていても見る人がみればわかります。


悪い人とはかかわらないことが、とても大事なことだと思います。



ところで、いまをときめく心屋氏をご存知でしょうか?


私、心屋さん大好きなんですよドキドキ


基本バラエティー番組ってみないのですが、心屋さんのでる番組はいつも見ています(笑)


ブログもいつも読んでいます。


ズバリと斬りこんでいかれるので、引き込まれますね。


以下は心屋氏のブログから一部抜粋させていただきましたが、悪口にかぎらず、その人が言っていることを聞いているだけで、その人の性格、感情、思考、心模様などなど、さまざまなことがわかりますね。


どのような内容のことでも、自身が口にする言葉って大切に気をつけ心がけることが大事だと思っていますから、私は言葉をとても大切にしてきました。




■心の底で自分が何を考えているのかを知る方法|心屋仁之助オフィシャルブログ「心が風に、なる」
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-11632663716.html


ひとの悪口を言ってるときって、
自分の考えていることを
告白している時なんだっていうこと。
「私が出来なくて隠していることや
怖くて恥ずかしくてできないことを
堂々とやってるあなたがうらやましい」
ということですね。

自分の劣等感
自分の抑圧
自分の恐怖
自分の恥
そんな、
自分が抑圧しているけれど
実はいつもいつもいつもいつも
自分の心の中で考えているものを
目の前で見せられるから
怖くなって、そしてうらやましくて
悪口を言うだけなんですね。











■この【平気でうそをつく人たちー虚偽と邪悪の心理学】 の書籍ですが、お薦めの1冊です

[内容紹介:自分の非を絶対に認めず、自己正当化のためにうそをついて周囲を傷つける“邪悪な人”の心理とは? 個人から集団まで、人間の悪の本質に迫るスリリングな書!]


もう10年以上前に購入したもので、334ページ からなる読み応えタップリの内容本であります。

当時、邪悪なる者たちについて『そのとおりね、【弱者ほど“弱者”を叩きたがるものだ】と思いながら読み進みました。

そして、 【邪悪=悪による犯罪の根源は“怠惰とナルシシズム”にあり、自業自得による不治の病】 だと思います。


又、邪悪なる人物たちは似ております。
とても良く。
(私への犯罪を行っている者たちなども、とても似ています)



本文から一部抜粋し、以下にUPしましたので参考になされて下さい。



平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学/M.スコット ペック
¥2,310
Amazon.co.jp




1p312においては

邪悪な人間の特性として、他人を道徳的に邪悪であると批判することがあげられる。
自分の不完全性を認識できないこうした人間は、他人を非難することによって自分の欠陥の言い逃れをせざるをえない。
また、必要とあれば正義の名において他人を破滅させることすらこうした人間はする。




2p323においては

悪とは醜いものである。
これまで本書では、悪の危険性とその破壊性を中心に論じてきた。
しかし、悪には、いまひとつ、醜悪性という側面がある。
そのさもしさ、安っぽさ、下卑た寂しさがそれである。
邪悪な人間はみな同じように見える。
本書の第三章で私は、邪悪なパーソナリティーを臨床的、疾病分類学的に描いた。
この私の描いたパターンに邪悪な人間がいかにぴったりあてはまるかは驚くほどである。
一人の邪悪な人間を見れば、基本的にはすべての邪悪な人間を見たことになる。
だとするならば、なぜこれまで精神医学者は、この歴然とした、固定したタイプを見分けることができなかったのだろうか。
それは、邪悪な人間の身につけている体面の仮面にまどわされ、
彼らの「健全性のマスク」に騙されているからである。
私の友人のある聖職者は、邪悪性とは「空極の病だ」と語っている。
健全性を装ってはいるが、邪悪な人間は最も不幸な人間である。




3◆第5章 集団の悪について 

もし、われわれ自身がゴミの中で生活しているためにゴミにたいする
不快感を感じなくなるならば、われわれ自身がゴミを撒き散らす人間になる可能性がある。
自分の苦しみに無感覚になっていれば、
他人の苦しみにたいしても無感覚になりがちである。
侮辱的な扱いを受けつづけていれば、自分自身の尊厳に対する
感覚を失うだけでなく、他人の尊厳にたいする感覚をも失ってしまう。
切り裂かれた死体を見ることが気にならなくなれば、
自分で死体を切り刻むことを気にしなくなる。
つまり、残虐行為全体にたいして目をつぶることなしに、
ある特定の残虐行為だけを選んで目をつぶることは極めてむずかしい、ということである。
自分自身が残忍な人間になることなしに、
残虐行為にたいして無感覚になることは出来ないのである。

あまり感心しないことではあるが、現実に広く見られる
集団ナルシズムの形が「敵をつくる」こと、
すなわち「外集団」にたいして憎しみを抱く事である。
その集団に所属しない人間は劣った人間か悪い人間、
あるいはその両方であるとして見下される。

集団疑集性を強化する最善の方法が、外部の敵にたいする
憎しみを助長することだ、とは広く知られていることである。
ヒトラー時代のドイツ人は、ユダヤ人をスケープゴートに
することによって国内問題を無視するようになったのである。
邪悪な個人は、自分の欠陥に光を当てるすべての物あるいは
すべての人間を非難し、抹殺しようとすることによって
内省や罪の意識を逃れようとする。
同様に集団の場合にも、
当然、これと同じ悪性のナルシシズムに支配された行動が生じる。
  
戦争そのものを含めて集団の悪を防止するには、
怠惰とナルシシズムを根絶、あるいはすくなくとも
著しく減少させる必要のあることは明白である。
集団のリーダーに働きかける道が閉ざされている時には、
集団の最下層の構成員に働きかけ、草の根的な支援を得なければならない。
われわれの働きかける相手は個人である。