僕はこの20年を超える年を、さ迷うように旅をしてきたと思う。

 

その旅が始まったのはミレミアムの年の前年/1999年

あるグループ会社の内の一つの工場を最年少で経営をしていた時のこと、その工場は最高の収益を出していた、その時におかしな派閥争いのようなことに巻き込まれ

自分の信念を曲げたくないので僕はその会社を離れた・・・・その時が旅の始まりだったかもしれない。

僕のことを信頼してくれていた優秀なスタッフの半数は会社を辞し、残ったスタッフのうち1人は1年後に自殺という、辛い事態に巻き込んでしまったのも事実だった。

 

その後、いろいろな会社に呼ばれ、それぞれの会社の経営の中枢を担わせていただいた。 自分の行先を変えたターニングポイントであったことは間違いない。

 

そんな中で、大きな取引先だった和歌山の企業に縁あって4年間暮らした。・・・・人情豊かで素敵な場所だった

僕は和歌山に住んでいたころ淡路島との間にある友が島にも渡ってみました

手前が「加太の瀬」・・・この時は大阪湾を流れ出る潮の流れが川の流れの様だった。

大阪湾へ向かう貨物船が喘ぎながら潮の流れを逆行していくそんな様子がいつも眺められました。

「加太の瀬」を渡り手前の島は「地の島」その次に「中の瀬戸」を超えると小さな「虎島」、その西側が「友ヶ島」

 

次の写真は「友ヶ島」のタカノス展望台から淡路島を観た風景です

大型のタンカーやフェリーなどはこちら側が航路となています

僕は自転車を小さなフェリーに載せてこの島に渡り、深い森のなかに遊歩道のような道が尾根伝いに続いていた、ここには鹿も住んでますし、野生のリスもたくさん生息しています。

ちょっと脇の森を覗くとジャングルの中を冒険しているような場所でした。 すぐ近くに大阪・神戸という大都会があるのに、自然を満喫できる場所でした。

太平洋戦争(第二次世界大戦中)の砲台跡もあるんですよ。

 

自転車を「友ヶ島」の東の端に停めて、崖を下り途中が途切れた瀬になってますが、岩を飛び越して向こうの「虎島」に渡りました

 

ご存じですか、九州・四国・本州(関東)を貫く中央構造線

大きな活断層

 

この構造線に沿ってこの島も残っているんです。

 

長い地球の歴史の中でできたこの大きな断層。

人の人生って、本当に微々たるものかもしれないけど

 

素敵な女性にも巡り合い、そして別れていきました。