これから紹介するショートストーリーの一説は以前紹介したかもしれないけど

 

思い出と重なるちょっと気になるストーリー

 


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 「ああ、おいしい」


 女は目を細め、上唇についた泡を舌先でちろりと舐め取ってから、小さく首をすくめた。


 「ちょっとのどが渇いていたの」


 「もう何か飲んできたの?」


「あ、バレちゃった? ビール飲んだの。でも、ほんの少しだけよ」

 


 そういってから、女は泡の減ったグラスをまたゆっくりと傾けた。


やはり今夜の彼女は変だ。今、ブラック・ベルベットを飲むということは、このあと、俺と二人きりになるつもりが彼女にはないのか。


男の胸の中で、漠然としていた不安感が、次第に確かな形になりつつあった。


 女は、またたく間に一杯日の酒のグラスをほしてしまった。


 「おかわりください」


 自分で追加を頼んでから、女が促すように酒のまだ残っている男のグラスを見た。


 「あ、ぼくもブラック・ベルベットを」


 男は女の真意をはかりかねたまま、慌てて自分もグラスを空にした。


 ブラック・ベルベットは、よく冷やしたドライなシャンパンと黒ビールを半分ずつ混ぜるだけのカクテル。


十八世紀末、シャンパンがよりドライになって英国に登場した頃に生まれたという。


このブラック・ベルベットを彼女と初めて一緒に飲んだのは、3年近く前、二人が男と女の仲になった夜のことだった。


このホテルの一室で熱い時間を過ごし、その深夜、地下のこのプチ・バーに寄った。


 シャンパンでもどう? 男はそうすすめたが、シャンパンはちょっと呟しすぎるわ、と女は照れたように小さく笑った。


「でも今夜の思い出に、何かシャンパンを使ったカクテルを飲みたいわ」


「ああ、それならブラック・ベルベットにしよう。きっと気に入ると思うよ」

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大好きなオキ・シローさんのショートストーリーから

「ギムレットの海」/幻冬舎文庫

「別れのブラック・ベルベット」より

 

もう10年以上も前に読んだ本だけど、その内容が


男と女、出会いと別れ、

 

どこかで通り過ぎてきた自分の人生も・・・

 

 

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