今日は水曜日なので、また母の話をさせてください。🙇

母は、前回もお話ししたように、
本当に「人に迷惑をかけない」ということを徹して生きた人だったと思います。

母は車に乗れませんでした。

だから、少しでも足を強くしなければと思っていたのでしょうか。

毎日のように、一人で散歩に出かけていました。

それはもう、鬼👹のように(笑)、毎日の習慣として続けていたようです。

病院も、そんなに遠いところではありません。

それでも、自分の足で歩いて行く。

私は、

「そんなことなら私に電話してよ。電話
車で乗せて行くから。」

と何度も言いました。

すると母は、

「そうだね。そうするよ。」OK

と言うんです。

でも、一度も、

「病院に行くから迎えに来て。」

とは言いませんでした。

晩年になって、あまり外に出なくなってからもそうでした。

自分の洗濯は自分でする。Tシャツ

自分の部屋の片付けも自分でする。🧹

自分が食べたものは、自分で片付ける。コップ

本当に、手のかからないおばあちゃんだったんだと思います。

私は、本当はもっと母の面倒を見たかった。無気力

一度、母に言ったことがあります。

「ねえ、お母さん。私の家に来ない?」🏠

「私の家で、好き勝手やればいいじゃない。」

すると母は、

「うん。まさみちゃんの家に行くのは、とても嬉しいし、楽しいし、ありがたいよ。」乙女のトキメキ

そう言ってから、

「でも、やっぱり長男の家にいなければいけないのよ。」飛び出すハート

と言いました。

その言葉を聞いて、私はもう何も言えませんでした。

母には母の考えがあったんですね。

母と私は、毎年一緒に桜を見に行きました。黄色い花

私の車で。

桜を見るたびに、

「来年も、ちゃんと母と一緒に来られるかな。」

そんなことを思っていました。

6年前の、桜を見に行った日のことです。

その日は、いつもと少し違いました。キョロキョロ

母はあまり話をしませんでした。ショボーン

私が一生懸命話しかけても、どこか上の空というか、

「お母さん、何を考えているのかな。」

そんなふうに思っていました。

少し、歯が悪くなってきたのかな。叫び

なんて考えながら、母の隣で車を走らせていました。

母は、ただニコニコしていました。ニコニコ

そして、家に送り届けました。

すると母は、すっと立ち上がって、

「まさみちゃん、本当にありがとうね。」キューン

そう言って、私にお辞儀をしました。

私は、

「何言ってるの?
また来るからね。」

そう言って、母と別れました。

それが、母との最後のお別れになりました。えーん

数日後。

兄から電話がありました。

「今、お母さんが亡くなった。」

私は、不思議なくらい冷静でした。真顔

病院へ行きました。

母は、病院へ向かう救急車の中で亡くなったそうです。

病院で母の顔を見ました。

とても安らかな顔でした。もみじ

その顔を見て、

「さあ、私、しっかりしなきゃ。」グー

そう思いました。

友達に、葬儀屋さんに勤めている人がいたので、すぐに電話をしました。ダッシュ

段取りを聞いて、

そこから先のお葬式の準備は、すべて私がやりました。

義理のお姉さんが、

「まさみちゃん、本当にすごいね。」スタースタースター

と言ってくれました。

その時、ふと思ったんです。

この力は、誰がくれたんだろう。??

私は特別に何かを教えてもらったわけではありません。

でも、母が生きている間に見せてくれた姿。

人に迷惑をかけないこと。

人を大切にすること。

何事にも慌てず、きちんとすること。

自分のことは自分ですること。

そして、最後まで人に優しくすること。

そんな母の生き方が、知らないうちに私の中に残っていたのかもしれません。

その時、私は母からもらった知恵を使っていたんだと思います。キラキラ

お母さん。

私はまだまだ、あなたのようにはできません。

まだまだ足りません。

でも、

お母さんがいたから、今の私があります。

たくさんのことを教えてくれて、本当にありがとう。

そして今度は、私がその教えてもらったことを、これからの人生で誰かに返していけたらと思います。

お母さん、本当にありがとう。