今日は、私の母
の話をしたいと思います。
このお話は、3回くらいに分けて書いてみようと思っています。
なぜなら、私が年齢を重ねるたびに、母を見る目
が少しずつ変わってきたからです。
今日は、幼い頃の私
から見た母のお話です。
私の母は、小柄で、見た目はとてもかわいらしい人
でした。
でも、熊本女
です。
見た目はかわいらしくても、きっと芯はとても強い女性だったんだと思います。
そんな母から、私はあまり叱られた記憶がありません。
「勉強しなさい
」
「これをしなさい
」
「こうしなさい
」
そんなことを言われた記憶も、ほとんどありません。
それよりも母は、いつも私に、
「まさみちゃんなら大丈夫」
「まさみちゃんはすごいね」
と言ってくれました。
私は、本当に褒められて育ったんだと思います。
今思えば、思いっきり自己肯定感を育ててもらったのかもしれません。![]()
そして母は、いつも私のために、いろいろなものを作ってくれました。
ワンピース
。
スカート。![]()
カーディガン。![]()
バッグ。![]()
家の中には、足踏みミシンがありました。
そして、編み機もありました。
母はいつも、その前に座っていました。
私の洋服を作っている母は、とても楽しそうでした。
一緒に生地屋さんへ行くと、
「まさみちゃん、好きなものを選びなさい。
」
「今度はブラウスを作りましょう。」
そう言ってくれました。
私は、母と一緒に生地を選ぶ時間がありました。
そして出来上がった洋服を着せてもらう。
今考えれば、とても贅沢なことですよね。
でも――
子どもの私は、それがあまり嬉しくありませんでした
。
なぜかというと、
お友達は、みんな既製品を持っていたからです
。
お店で買ってもらった洋服
。
お店で買ったバッグ
。
私は、そういうものがとても羨ましかった。
母が一生懸命作ってくれたものよりも、
「みんなと同じもの」
が欲しかったんです。
お弁当もそうでした。
私のお弁当は、いつもみんなと違っていました。
白いおにぎり
に海苔を巻いただけのお弁当。
私は、それにとても憧れていました。
ところが私のお弁当には、手の込んだ海苔巻きが入っています。
蒲鉾をバラの花
のように飾ったおかず。
色とりどりのおかず。
今思えば、母は朝早くから、私のために一生懸命お弁当を作ってくれていたんですよね。
きっと母にとっては、
「娘にかわいいものを持たせてあげたい」
それが嬉しかったんだと思います。
本当に、かわいい母だったんだと思います。
でも、幼い私は、その気持ちが分かりませんでした。
手作りよりも、既製品が羨ましい。
みんなと同じものが欲しい。
母が私のためにどれだけ時間を使ってくれていたのかなんて、考えもしませんでした。
今になって思います。
母は、私のために作ることが、とても楽しかったんだろうな。
あの足踏みミシンの前に座っていた母。
編み機の前に座っていた母。
私と一緒に生地を選んでいた母。
私のお弁当を作っていた母。
あの頃の私は、それを「当たり前」だと思っていました。
でも、今の私が母と同じ年齢になってみると、
「あれは、全部お母さんの愛情だったんだな」
と、少しずつ分かるようになりました。
子どもの頃には分からなかった母の気持ち。
次回は、少し大人になった私から見た母について、書いてみたいと思います。![]()