いつも味方でいてくれた、松美おばあちゃん

昨日、熊本で震度7の地震がおきました。雷

熊本は母と祖母の出身地です。立ち上がる

その愛すべき熊本の復興を願いながら真顔

おばあちゃんのお話を書きたいと思います。

松美おばあちゃんは明治生まれ

とてもきれいで、明るくて、誰とでも気さくに話ができる、本当に社交的な人でした。

実は、松美おばあちゃんとは血のつながりはありません。

私の母の実のお母さんが亡くなった後、おじいちゃんと一緒になった二人目のお母さんでした。

だから私とも血はつながっていません。

でも、私にとっては間違いなく、大好きなおばあちゃんです。

小さい頃の私は、本当に生意気でした。

「バカむかっびっくりマーク

「大嫌いムキー!」

 

そんな言葉を何度も松美おばあちゃんにぶつけてドンッいました。

すると、おばあちゃんも負けずに言い返してきますムキー

今思えば、本気のけんかをしていたようで、どこか楽しんでいたのかもしれません。

そんな松美おばあちゃんには、本当に頭が下がることがあります。

私の姉は、生まれつき歩くことが難しく、小学校へ通うことも大変でした。

松美おばあちゃんは、六年間、お姉ちゃんをおんぶしてコアラ

学校へ送り続けてくれたそうです。

そして、

「私は○○ちゃんと一緒に卒業証書をもらったんだよ。」

と、うれしそう飛び出すハートに話していました。

その言葉を聞いた時、どれほど深い愛情で姉を支えてくれていたのか、大人になってから改めて感じました。

高校生になった頃から、おばあちゃんは私をよく褒めてくれるようになりました。

「朝早く起きて偉いね。」ニヤリ

「まさみちゃんは何でもできるね。」てへぺろ

「優しい子だね。」ニコニコ

そんな言葉を、何度もかけてくれました。

結婚して実家へ帰ると、私が一番最初に向かったのは、いつも松美おばあちゃんの部屋でした。

今日あったこと。

うれしかったこと。

悲しかったこと。

嫌だったこと。

何でも話しました。

おばあちゃんは、いつもニコニコ笑って話を聞いてくれました。

そして帰る時には、そっとお小遣いを握らせてくれる。

主人も、

「この家で一番話しやすいのは松美おばあちゃんだね。」

と言っていました。

考えてみると、おばあちゃんは何か特別なことをしたわけではありません。

でも、その存在が家族を明るくしてくれました。

ただ、そこにいてくれるだけで安心できる。

話を聞いてくれるだけで元気になれる。

そんな人でした。

結婚相談所の仕事をしている今、私は思います。

人は、誰かに答えをもらいたいのではなく、

「あなたの味方だよ。」

と言ってくれる人を求めているのかもしれません。

松美おばあちゃん。

たくさんの愛情を、本当にありがとうございました。

今でも私は、おばあちゃんに見守ってもらっているような気がしています。

そして私も、おばあちゃんのように、誰かにとって「そばにいるだけで安心できる人」でありたいと思っています。

 

熊本の方々、心よりお見舞い申し上げます。1日も早い復興を祈ります。