女性ストーカー被害日記 -10ページ目

今までの事。メールや電話が続く。

その年の秋からメールの内容がおかしくなりだしました。

まずは、Kと私とが色々な所で噂されている。会社のおやじとか、通りがかった人とか…
その他にも、知らないアドレスからたくさんメールが来る(当時よくあった未承諾広告だった)、家に知らない番号から電話があった、など、被害妄想とも思えるような内容のメールを私に送ってくるようになったのです。
私はKの事など誰にも話していませんので、噂されるなんてありえません。

余りにしつこく酷いので、ある日、電話が掛かってきた時に母親を電話口に出させて、経緯説明と文句を言いました。
母親は非常に下手で、すみません、もうさせません、と謝ってくれました。

しかしメールは続きました。
電話もたまに着信がありました。殆どとりませんでしたが。

そして、翌年の春、私がKにはっきりと拒否の姿勢を示してから丸二年が経ちました。私は別の女性と結婚しました。

この頃メールの頻度は低く、電話も殆ど掛かってきませんでした。

しかし、この頃、私は酷い被害に遭っていたのです。
続く。

今までの事

その後Kからのメールの頻度は減ったかに思われました。
しかし、翌年夏のある日、次のようなメールが来たのです。
「今から死にます。あなたのせいです。」
会社の上司と飲んでいる時でした。

こいつは世間一般にいうストーカーじゃないか!?

初めてその時思ったのです。今思うと、Kの言動の端々にKがストーカーになる要素がありました。
しつこい、わがまま、プライドが高い…

翌日、変なメールを送ってごめんなさい、という謝罪のメールが来ました。
その時はそれで一安心しました。

それからはまた、数日ごとに、自分の一日出来事を書いたメールが来ただしました。
相変わらずたまに電話も掛かってきました。

そのメールの内容に変化が見られはじめたのはその年の秋でした。

続く。

今までの事

更新があいてごめんなさい。

続きです。

やはりそれでは終わりませんでした。

2002年の春以降もちょくちょくと電話がかかってきていましたし、メールも来ていました。
彼女(これからKと書きます)
電話には極力出ず、メール返信で、好きでないこと・もう連絡をして欲しくない事を徹底的に伝え続けました。
もちろん会ってはいません。
この頃のKのメールは普段の自分の身の回りの事を書いてくる、ブログのような内容で、今思うと、まともだったと思います。

2003年に入ると私は別の相手と結婚が決まりました。迷いましたが、春頃Kにメールで伝えました。(もちろん、メールはKから一方的に来ており、私からは拒否の意思をたまに返信するのみ。)
これであきらめてくれるだろうと思ったのです。

続く。