フットサルばかりの4年間の大学生活は、私の人生を変えてくれるものでした。何をするにも中途半端で最後までやりきれなかった私にとって、初めてひとつのことに全力で打ち込み、本気になれた場所でした。

これが最後のブログですᝰ✍🏻

集大成なのでかなり長くなりますが、私のブログを読んでそして私にかかわるすべての方々へ「大阪工業大学フットサル部にフットサルに熱心なマネージャーが居たんだ」と記憶片隅にでも残ってくれていたら嬉しいです😶🧡


フットサル部で過ごした4年間。

いろんな困難をみんなと乗り越えた4年間でした。

「ありがとう」だけじゃ伝えきれない感謝の気持ちと私が見てきた景色をこのブログに書き留めます。


 

"私"というマネージャーの在り方

 

この4年間の中でたくさん悩んで、色んな壁にぶつかってきました。元々、選手として10数年間サッカーとフットサルをしていた私は、チームを支える「マネージャー」という立場がとても新鮮で、入部したばかりのときは手探りで ”自分にできること” をただひたすら取り組んでいました。

 

コートには立たないし、試合中ボールに触れることもない。

コートに入る選手の背中を送り出し、交代で戻ってきた選手を迎え入れる。

当たり前のことだけど、同じ競技で自分がコートに立っていた経験があるからか、何もできない状況に何度もどかしさと悔しさを感じていました。

チームのために練習環境を整えマネージャーとしての役割を果たすこと、それだけじゃなくて私はもう一歩先の行動ができるマネージャーになりたかった。フットサルという競技を経験しているからこそ、そこを目指さないといけないと感じていました。


"自分にしかできないことはなんだろう..."そう考えているときに、同期や先輩方が私のフットサルの知識と技術を認めてくれて、チームに必要としてくれたことが私にとって大きな自信になりました。逆に、過去の経験と積み上げてきた努力に自信が無さすぎたのかもしれません。男女という性別の壁やプレー強度の違いから、私が口出しをしていいような領域ではないと感じていました。


「なつかの意見がほしい」「ここのプレーどうしたらいい」と言ってくれた選手

試合前のメンバー選考で意見を必要としてくれたり、アップや練習で「なつかちゃんも入って」と言ってくれた監督 入江さん、コーチ うっちーさん

このフットサル部にとっては当たり前で、他のチームからしたらちょっと不思議な光景‪。みんなにとってはどうって事ないことかもしれないけど、報われない時間が長かった私にとっては最高に居心地のいい居場所でした🌱

サッカー・フットサルという競技を選んだ幼い頃の自分を責めたかった。何もできなかった自分が憎かったけど、ここに来てみんなに出会えて「続けてきてよかった」と思うことができました。


だからこそ、チームの役に立ちたい。

スコア記録の改善、選手個人記録の数値化、資金調達、やれることは全部やりました。壁にぶつかることも多かったけど、4回生になってやっと実を結び、大きな結果に繋げることができました。マネージャーになってやってきたことに無駄なことはなかった、過去の自分がやっと報われたと思えました。


選手魂がなかなか抜けない私を「頑張りすぎ」だと言う同期もいますが、これが私らしいマネージャーの在り方でした。


 

 

 

みんなからの「ありがとう」が活力。

 

みんなで掴んだ1点、勝利がモチベーション。

 

マネージャーの取り組みや頑張りは目に見えたり実感できるものではなくて、観客席で応援してくださる方々に直接伝わるものでもありません。それでも「自分もチームの役に立ちたい」その一心で、みんなからの感謝と【勝利】の先に見える最高の景色のために頑張ってこれました。


 

「チームの勝利に貢献できるようなマネージャーになること」


これが私の目標でした。ユニフォームは着ないし、ピッチにも立たない。それでも選手みんなと同じようにチームの最前線で闘い、一緒に勝利を掴みたい。4年間のマネージャー活動を振り返ってみて、自分で「目標を達成できた」とは言い切れませんが、フットサル部のみんな、監督・コーチ、関西学生フットサル選抜の活動を通していただいた評価を受けて、少しずつ目標に近づいているのかなと思います💭

 

 

貴重な経験


マネージャーとして、人として大きく成長できた関西学生選抜。2回生から3年間チーム帯同マネージャーとして参加させていただいて、どの年も新しい出会いがあり、活動を通じて良い刺激を受けて自分の成長に繋げることができました。自チームとは違った雰囲気、選考会の段階では名前も分からない初めましての人達ばかりの環境で、自分にできることを探して必死に取り組みました。


関西代表として各大学から選手が選ばれるのに対して、マネージャーは挙手制での参加でした。全国経験をしていたり、素晴らしい経歴を持つ選手たちが集まるこのハイレベルな環境に、生半可な気持ちとやる気でこのチームのマネージャーにはなってはいけないと思いました。関西を代表する学生チームとしてその一員として、それ相応のマネージャーであり取り組みをしないといけないと、活動のなかの随所で感じました。


『自チームの取り組みを同じようにする以前に、まずは選手みんなのことを知ること。コミュニケーションやプレーの様子から怪我やコンディションも把握する。』


関西選抜1年目のときに意識して取り組んでいたことです🔖1年目は1人でマネージャーをしていたこともあり、今よりずっと緊張してかなり切羽詰まっていました。大会が終わって振り返ると、できなかったことが多くて反省点ばかりでした。でも2年目、3年目と重ねる毎に関西選抜に参加するマネージャーが増えて、チームのためにできることが増えました。SNSやビデオにカメラ、今年にいたってはYouTubeでライブ配信できるまでになりました。


2026年


関西選抜の活動は、大学の域を超えた輪が広がり、さらに関西地域の大学フットサルを盛り上げるとても貴重な経験でした。 3年連続チームに携わってどの年もメンバーは違うのに、いつも【関西らしさ】が溢れていて不思議とチームの雰囲気は毎年同じでした。みんなで創り上げたチーム、そしてみんなで掴んだ【優勝】【3連覇】🏆✨️自チームの最終節があって、3連覇を果たした決勝を現地で見届けることはできなかったけど、それまでの全ての過程に関わることができて光栄でした。1シーズンのうち約3週間ほどの選抜活動で、沢山のことを学びその度にマネージャーとして大きく成長できました。

何より同じく大阪工業大学から参加していた入江さん、うっちーさん、2年目以降は関西選抜に必要だとおふたりからお声かけをいただき、参加させていただきました。自チームでの活動も含め、入江さん、うっちーさんの傍で貴重な経験ができ、そしてたくさん学び、人としても成長することができました。4年間、ありがとうございました!


3年間の関西選抜の活動を通して出会えた選手・スタッフ・マネージャーのみんな、本当にありがとうございました!

これからの関西学生フットサルがもっと熱く強く、そして上へ飛躍することを期待しています!❤️‍🔥

 


2024年


2025年


 

本気になれた場所


2回生の時の全日2回戦。

上位リーグの相手に対して、ラスト数秒で同点にもちこんでPK戦で勝った試合。

今年度の全日3回戦。

日本一の大学フットサル部(大阪成蹊大学さん)に1点差まで追いついて惜しくも負けてしまった試合。

印象的で忘れられない大切な試合です。3点差をつけられ負けるかもしれないと弱音を吐いてしまいそうになる場面でも、みんなは「まだいける」「落とすところじゃない」といつも上を向いて闘っていました。自分のプレーを磨くために自主練に励み、そしてチーム全体でも同じ目標を掲げて頑張ってきた大会までの準備期間。悔しい結果にはなってしまったけど、試合後の観客席から聞こえた声援と暖かい拍手は、闘ったみんなの勇志と頑張ってきた功績を称えてくれるものでした。最後の全日、観客席にいたチームの関係者以外の方までもが大きな拍手を贈ってくださり、私は涙が止まりませんでした。

応援してくれる人がいること。それがどれほど嬉しいことなのか、毎度試合を通して感じます。いつも応援してくださる皆さんへ、会場へ足を運んでくださりそしてSNSでのリアクション、応援メッセージありがとうございます。ベンチから観客席を見たとき、大工大サイドで盛り上がる皆さんの声援や拍手に何度も救われ、とてもチームの力になりました。いつも本当にありがとうございます。感謝の気持ちを結果でお返しできなかったことに悔しい気持ちが残りますが、これから後輩たちが私たちの意志を引き継いで頑張ってくれます🔥

スポンサー 合田電気株式会社様、いつも応援してくださる皆さん、これからも応援よろしくお願いします!



引退する4回生を支えてくれた後輩へ。

後輩みんなの目に映った先輩たちの背中はかっこよかったでしょうか(笑) 4回生の中にチームの雰囲気を締めれるような人はあまりいないので、後輩頼りになっていたときがあるかもしれません💦 ただそうなっていたのは、私を含めて4回生は後輩をすごく頼りにしていたから。とくに3回生。さっき話していた全日の3回戦目。チームの暗い雰囲気をガラッと変えてくれたのは、3回生の「まだまだいけるぞ」の声。私が同じ言葉でチームみんなに声をかけようと思っていたその前に、3回生を中心に声をかけ合う様子をみて『私の出る幕はないな』と思いました‎。大会前・大会中を通して"4回生は最後だから"とよく言ってくれていて、でもその想いが強くなる度に負けた試合の後に責任の重圧で悔しむ3回生の姿を見るのが辛かった🥲 悔しい気持ちがいっぱいあったと思う。でもね、私は悲願の3回戦目までチームを引っ張っていってくれたことに感謝の気持ちしかありません。2度目の全日3回戦目。4回生と1番苦楽を共にしてきた3回生だからこそ、これからチームのためにできることがあると思います。

最後のインカレ、次はキミたちの番!最後の舞台を、悔いのない最高のプレーで締めくくってください✨️

1回生、2回生はこの間のフレッシュマンカップで、関西地域での自分たちの立ち位置を知って、頑張ることが見つかったと思う。今は悩むことや壁にぶつかることが多いと思うけど、みんなが私たちのように引退するとき、「やってきてよかった」と思えるように、1回の練習・試合、仲間と過ごす時間を大切にしてください。私たちが行けなかった全国の舞台へ、みんなが連れて行ってくれると期待しています💫

監督、コーチ、マネージャーがこのチームでいたいと思えるように、スポンサー様や観客席で応援してくださる皆さんに結果で応えれるように、これからも応援されるチームであり続けてください!



紗羽と舞那へ。

2人が来てくれてからマネージャーでいることがより楽しくなりました。あと1年早く出会えてたらもっと長く一緒にいれたのにな、なんて思ったりもして...💭

大学で初めてマネージャーをして、そこで先輩の私のマネージャー姿だけを見てるとなると、他チームのマネージャーさんに比べて当たり前がかなりずれてしまっていると思います😵‍💫(笑) 私個人で色々頑張ってみたのはいいものの、"なつかさんみたいなマネージャーにならないと"って責任感を与えてしまったかもしれなくて、それだけが心配。 他チームのマネージャーさんも含めて、マネージャーは1人1人自分のできることをやってみることが本当に大切だと思います。自分らしい"自分だけのマネージャーの在り方" を見つけて頑張ってほしい🍀

マネージャーをやってると必ずと言っていいぐらい、チームでの自分の存在価値が分からなくなってしまって何のために頑張ってるのかなって、悩んでモチベーションが落ちる時期が来る。私も実際あったし、キラキラした大学生活を送ってる友達が羨ましくて、マネージャーをするために自分で選んだ道なのに悩んで同期に当たることもあった💦 でも、引退前に4年間を振り返るとマネージャーをやっていたことに後悔なんて1つもなくて、それよりもここで過ごした時間がすごい充実してたなって思ってる!そう思えたのは、私が思ってた以上に選手がマネージャーを想ってくれていて必要としてくれてたから。だから選手みんな、マネージャーを大切にするんだよ😉

今では私より先に考えて行動してる紗羽と舞那。2人なら大丈夫。2人がここを選んでくれて、出会えてよかった!

少し離れたところから見守ってます‎🤲🏻🧡




同期みんなへ

どの学年よりも騒がしくて、チームに迷惑をかけることもあったかもしれないけど、先輩後輩みんなから慕われている同期たちが羨ましかった。試合に出れなかったり、怪我でプレーができなかった苦しい時期を乗り越えてきたからこそ、後輩へ伝える言葉には説得力があったし、私を含めみんな頼りにしていました🌻 なんとなくでフットサルを始めた人ばっかりでフットサルに対する熱量の差は違うはずなのに、いざ試合となると全員が足並みを揃えて闘っていて本当にかっこよかった。

全日でも4回生セットはやっぱり頼りがいがあって、ここぞというときに得点を決めたのは4回生。最後の全日をなおき、てんせい、だいち、はると、この4人と一緒に出れて本当に嬉しかったし、4人の闘う姿を見て改めて「さすがだな」と思わされた。

私は感情的!熱血!のマネージャーだったから、試合の結果以上に泣いてしまったり、常にベンチからプレーのことで声を出していたり、いっぱい迷惑をかけたかもしれない💦 それでも"いいマネージャー"だって言ってくれてありがとう。みんなが居てくれたからここまで本気でフットサルに打ち込めたし、大好きな居場所ができた。

たくさん笑って泣いて、喧嘩もしたりして、みんなと過ごした4年間は最高の最後の青春になりました!



同期のなかで最後まで一緒に頑張ってきた、なおきとだいち。

2人には感謝しきれないほど支えてもらって、2人が居なかったら私は最後までマネージャーをすることができなかった。マネージャーのことや体調のことで悩みを抱える私を気にかけてくれて、相談したときはいつも話をきいて一緒に考えてくれました。マネージャーを大切に想ってくれていて、マネージャーにマイナスな言葉を言う後輩がいたらすぐ駆けつけて「おいっ!」って怒ってくれてたね(笑) 4回生の中でとくに怪我でプレーができなかったり、怪我を抱えながらもなんとかプレーをしていた2人。部活以外のときも一緒に過ごす時間が多くて、色んな話をしてでもそのほとんどがフットサルやこれからのチームのこと。チーム1.2を争うバカさとうるささを持っているけど、根は真面目でいつも真剣にフットサルに向き合ってた。その姿を傍で見ていたからこそ、私はマネージャーを頑張ろうと思えたし、続けたいって思えました。

これからも付き合いは長くなるし、なんならこれからがうちらの勝負所にはなるけど、まず4年間お疲れ様💐 怪我で欠けることはあったけど、全試合会場で一緒に闘うことができて、最終節まで隣で一緒に頑張ってくれてありがとう。これからもよろしくね!


色々言葉を並べたけど言いたいことは1つで、

『この代のマネージャーで、みんなと出会えてよかった!』

4年間、ほんとうにありがとう。



そして最後に私を支えてくれた母へ。

男の子ばかりのクラブチームやレベルの高い社会人フットサルチームでプレーをしてきて、なかなか上手くいかず壁にぶつかり苦しむ私の姿を見て、いつも声をかけてくれました。よく兄のフットサルの試合に私を連れて行ってくれて、試合を見て『大学でフットサル部のマネージャーがしたい。』と言った私を、反対することなく応援してくれました。10数年間の苦労を無駄にして恩を仇で返すことになってしまうのではと不安があった私に、「今までやってきたことが役立ったね。」「頑張れ。でも無理しすぎないように。」と言ってくれて、4年間本気でマネージャーをすることができました。昔から自分で選んだ道を全力でやりきれと言ってくれていた母のおかげで、私はやっと本気になれることに出会えました。

毎日約2時間半かけて学校に通っていた関係で家で過ごす時間があまりなく、1.2回生の頃はとくに家族と食卓を囲むことができなかったことを今になって後悔しています。朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくることが多くて、体調を崩して時には母の目の前で意識を無くして倒れることもあったりして...たくさん迷惑と心配をかけて怒られることもあったけど、全力でマネージャー活動に取り組むことができたのは、母のサポートがあってこそのものでした。


今私には最高の仲間と、最高の居場所があります。これからもここで頑張りたい。

どうか見守っていてください。22年間、ありがとう!




私はこのチームで宝物を作りすぎました。

だから離れることがとても悲しいです。

だけど、ここで出会った人、経験、見てきた景色すべての宝物をもっともっと輝かせられるように、これから再出発しようと思います。


ありがとうございました!🧡



MG #47津田夏伽