不登校ライフスタイル研究室
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テーマのはじめに

人は疲れる。
足を使って歩いたり、手を伸ばしたり物を持ったり、ご飯を食べ、排便し、風呂に入り、読み書きしたり遊んだり、悩んだり笑ったりすることは、とても疲れることだ。
「何もしていない」そんな時間も人は一秒ずつ疲れている。腹に手のひらをあててみると、胃腸が消化活動をしているのが分かるだろう。それは疲労だ。
疲労を言い換えれば消費であり、アウトプットすること、何かの生産・製造。エネルギーを使っているということだ。世の中に存在している何かを吸収し、それを消化して、吐き出している。動物も植物も同じ原理を保つことで世界が成り立っているのだ。

だから人は休む、寝る。
身体にエネルギーが足りないときはただひたすらに眠るだろう。そして精神にエネルギーが足りないときはバケーションを取ったりするものだ。消費しない精神のやりとり、受け入れるだけ受け入れて、眠る日々。

「休む」ということは大人にだけ許された特権なのだろうか。

成人未満の人間にとっても、日々を生きることは大きな疲労を伴うものだ。
夏休みといってもTO DOは山積みで心底バケーションを謳歌することは出来ないし、週末は週末で、週明けのための何かをやらなければならない、そんな日々では、リチャージする時間が無いのは明白。そして街を見渡してみれば、小中高校生に消費を促す(金銭、エネルギー、時間の消費だ)アイテムやビジネスが溢れかえっている。素敵な誘いに乗らない手はない。自制出来るほど賢い動物ではないのだ。

僕らは消費されすぎていると思う。原資を得ることの出来ない日々のなかで、子供は何を観たって新鮮だろう、公園を走り回っていれば元気になる、そんな一辺倒な視点でもって括られて見られていてはたまらない。

何かに悩み、何かを実行している僕は、とても疲れている。
だからとにかく、いまは一度、休みたい。

僕が経験した学校に行かない日々、その原点はそんな気持ちだったと思う。

学校に行かないと決めた訳は、人それぞれで、時代による変動もあるだろう。
でも僕らはその原点を、生きているうちのどこかで、一度は見つめ直さなければならないと思った。
なぜならば学校に行かなかった僕は、これからも学校に行かなかった僕として生きていくわけで、それが社会的にどんな意味を持っているのか、そして自分のなかで日々はどんな意味を持っていたのか、理解しないことには、いつまでも固く座り心地の悪い座布団のように、あの日々が僕のケツの下に存在し続けるからだ。

「なぜ不登校になったのか」
若かった僕はそう誰かに聞かれることが、とてつもなく嫌だった。
少し時間を経てみて、いまならば何かスマートな答えが見つけ出せるような気がしている。
自分自身が前に進むためにも、このテーマで少しばかり文言を紡ぎ出してみようと思う。

不登校でググってみる。

僕が不登校というテーマから離れて早数年。現在の流行りを探るべく、ググってみた。
トップに出ているのは「不登校新聞 "Fonte"」という、NPO法人全国不登校新聞社なる団体が発行している機関誌に関するサイトなのだが、語るには固すぎる物だったので、一読して止めた。内容の是非は分からないが、まずはデザインと名前を変えない限り、その役割を発揮することは不可能だろう。

文科省、某学校…学術的なサイトが並ぶ。次へ、次へ。もう少し調べてみる。
「あつまれ!不登校の広場」といわれても、「あつまれ」と呼びかけて不登校の何が集まるのだろうかと不思議になる。“愛知県出身Tさん”と“九州出身のMさん”など匿名の体験記が寄せられた「不登校が輝く」。不登校がどんなふうに輝くのか、僕も輝いてみたいのだが。いずれも文科省の予算で作られていることに驚愕。親御さんの苦悩を綴った日記ページもいくつか見られる。10年近く経っても手法や情報鮮度があまり変わりのないことに驚いた。

たぶん中学2年生の頃だったと思う。僕はひとつのHPを訪れた。当時WC/Jという3Dチャットにどっぷり浸かっていた僕はそこで知り合った同じく不登校の仲間とつるんでいた。その一人の母親がHPを主宰していたのだ。現在閉鎖されてしまったが、「Self Assert」と名付けられたそのHPでは、いまググっても出てくるような不登校児による体験記、関係者の意見感想、フリースペースの紹介もろもろが掲載されていて、なかなか注目を集めていたようだ。「このHPについてどう思う?」そう意見を乞われた僕は躊躇無く「何にも分かっていないですね。」と若気の至りでとても率直にお伝えした。そのやりとりが気に入られたのか、何度か手記やコメントを書かせて頂き、NHKの某番組で「Self Assert」が紹介された際には僕も取材を受けたりした。

HPに出来ることが限られている時代だった。掲示板を付けてみたり、チャットを付けてみたり、BGMにMIDIを流してみたり。そんな時代だったのだが、ブロードバンド全盛のいま見ても、不登校といえば同じようなコンテンツばかりで、あまりにも面白みのない。とても残念だ。

「大人の企画に乗ってみる」とカテゴリ付けしてみたものの、当初目論んでいた面白い企画、面白いサイトなど見つけることが出来なかった。見当たるのは通信教育のAdWordsばかり。1990年代後半は不登校がブームだったのだろうか。その熱が冷めた今、取り組むべきテーマは無いのだろうかと嘆いた。固いことは書かないと趣旨に上げてみたものの、固いことを言わずにはいられない程、つまらない時代だと思った。

と、言うわけで、大人の企画をちょっと考えてみることにする。
学校に行っていないからこそ出来る企画を、見つけてみようと思う。

時間を無駄に過ごすという自由。(オンラインゲーム編)

僕がネットをはじめた当初、「DIABLO」 というオンラインゲームがむちゃくちゃ熱かった。地底のダンジョンにパーティーを組んで冒険を進めるという流れなのだが、地底に“潜る”ため、チャットやメールではふつうに「今日潜る?」なんて言葉が交わされていたものだ。その後家庭用ゲーム機にも移植されたはずだが、あまりぱっとしなかったのか、その後は聞いたことが無い。

DIABLO  DIABLO
DIABLOの画面 なつかし~。

そのはまり具合といったら、ISDN黎明期のダイアルアッパーだった僕は、いま聞くと感嘆符が付くほど懐かしいが、11:00~6:00迄は市内通話が定額制になる「テレホタイム」(!!)の30分前からPCの前にスタンバイし(11時ちょうどになると回線混雑のためアクセスポイントに繋がらなくなるのだ)、11時からは確実に“潜って”いた。気が付けば夜も白々と明け朝刊が…ということも少なくなく、当時のディアブラー仲間には主婦とか会社員とか大学院生とか立派な成人が多数いたため、朝4時頃の「そろそろ落ちるわ~」と言う彼らを名残惜しく見送っていた。不登校児で良かった、と当時は心底思っていた。ちなみにその頃の僕といったら、その後にコンビニへパンと珈琲を買いに行き、朝飯を食べてから床に就くという毎日だった。

さて、それからわずか約10年でブロードバンド当然時代の到来。「ファイナル・ファンタジー」 もオンラインになるくらい、ネットゲームが一部マニア層だけの特殊領域でなくなってきたことは言うまでもなく、すべてのゲーマーにその門戸は開かれている。おそらく走りは「リネージュ」 とか「ラグナロクオンライン」 とか「エバークエスト」 とか、その辺りだと思う。「と思う。」と書いたのには訳がある。実はピーゴロゴロガーガーなダイアルアッパー時代の後、5年ほどオンラインゲーム及びゲームから全くかけ離れた生活を送っていたのだ。ITベンチャーにて会社員的ライフスタイル。果たして、タモリの仕事中が主なノンレム睡眠時間だった僕が、どうして成人になれたのか、今でも自分に驚きだが、ともあれゲームから遠ざかっていたその間に、ゲームは劇的に進化していた。

MOTHER 2 昨年の年末年始、既婚者になってから初めて帰省せず東京で休みを過ごした。そこで出会ったのがヤンガスとククール、そしてゼシカである。新しい友達の誕生だ。久しく消えかけていた僕のなかにあるゲーマー魂、ライトノベル万歳なファンタジックイマジネーションに火がついたのだ。仕事の合間、なんとか季節が変わる前にラスボスを倒した僕は次なる未開拓地を探し始めた。FF、三国志、あとなんかよく分からない最近のRPG…、どれも僕の心を捉えることは無かった。なぐさめに「MOTHER 1+2」 をやったり、GBAでドラクエ3 をやってみたり、しかし大人になってしまった僕は、もう8bitの世界では満足出来なかったのだ。

オンラインゲームについても調べてみた。残念ながらまだ僕のイマジネーションを満たしてくれる世界には出会えていない。どれも萌えてたりロリロリだったり、どうもあの手の絵柄は苦手だ。唯一、「Knight Online」 がちょっと気になる。今度の土日にやってみよう。

Knight Online
Knight Online ひたすら敵を倒すというシンプルなところが面白そう。



と、ここで終わると室長のゲーム人生を語るブログで終わってしまうのだが、つまり、何かにはまってみるということはとても重要なことなのだ、と最近よく思う。僕自身、あのころ廃人になりかけてでも、ひとつの事柄に阿呆のような時間をかけてのめり込んでいたことは財産だ。そのゲームが秀逸であったとか、ゲームが素晴らしいという話ではなく、ひとつの物事をやり遂げるという経験、そしてそれにかけた膨大な時間を振り返ってみたときの気持ちは他に代え難い。僕は、“潜って”朝を迎えた日、とてつもない充実感を10分間くらい味わい、その後数時間にわたって「また阿呆な時間を過ごしてしまった…」と倒れそうになるくらい虚脱感を味わった。それでも繰り返してしまう中毒性は常に意識しなければならないが、のんべんだらりと時間割通りに日々を過ごしているだけでは、そんな気持ちの変化を経験することは出来ないだろう。もちろんゲームだけでなく、スポーツでもアートでも、勉強が好きな人はそれだって同じ感覚を得られると思う。

不登校というライフスタイルを選んだからには、「時間を無駄に捨てる」という選択肢を、敢えて一度選んでみる自由。それを味わってみるのも生きる上で大事なことだと、僕は思う。そして、無駄に捨てた時間から何かを学ぶことが出来るか、捨てた時間を取り返す何かを得られるか、それは各個人の力量にかかっている。死ぬほどレベルを上げても、ラスボスまで辿り着く前に止めてしまっては、そのレベルや手に入れた武具は何の意味も持たないということなのだ。

6月23日未明、ラボラトリー開設。

「メディアを作る上でいちばん重要なのは長く続けることですよ。長く続けられるだけの引き出しを持った題材でなければならないし、長く続けるだけの意味が自社にないといかんですよ。」と、以前していた仕事で常々、プレゼントークで披露してきたこのフレーズ。いざ実際に、自分でさあブログでもやってみようかなと思ってみたものの、しばし思案した後に、映画?音楽?書評?などなど、僕の守備範囲のネタをさぐってみても確かな手応えが無いのは何故だろう。少し時間をかけて自分で僕をコンサルしてみると浮かび上がった重要な事実がひとつ。自分の根底に流れるモノは、「いま好きなモノ」ではなく「経験してきたモノ」だという事実。それがひどく座り心地の悪座布団として僕のケツの下に敷いてあったようで、たぶん僕はどんなに軽々しく爽やかなテーマでもっても、心地良くそれが語れない。つまり、文頭に掲げたフレーズから視るに、僕に出来るブログといえば、ひどく座り心地の悪い座布団をどんなふうに・どこへ運んで来たか、という経験則に基づいた、あんまり面白くないネタしかないのだ。

しかしながら、はじめてみようと思う。
石のように堅くなった座布団の上に座り続けて早10年。
良い区切りだと思った。

まず僕の話を簡単に記しておくと、1982年生まれの22歳。僕の記憶は3~4歳の頃から始まる。幼稚園に行きたくなくてぐずっていると親父に無理矢理靴を履かされてそれでもイヤだったので逃げ出して自室に立て籠もりドアの前に椅子を置いてバリケード封鎖した。これが最初の出来事だ。小学校でも「脱走」(授業中に帰ってしまうことを僕の学校ではそう呼んでいた)を実行したり、教師にくってかかってその先生の退職を早めたり、と、まあ人並みにぐずぐずしていた。中学校に入ってからももろもろあって半ばから不登校に。時を同じくしてインターネットと出会い、あんまり学校には行かなかったが卒業は出来たので、高校は通信制で学びつつ、そんな感じの仕事をはじめて、デザイン・編集・営業・経営とかいろいろ経験する。ちなみに高校は2年次の課程で大変になって辞める。(いま思うと後悔…)

会社として仕事をはじめてから5年、個人でやっていた頃から数えると7~8年くらいになるのかな、そんな現在、体調を崩し休職中。二十歳のときに結婚した素敵な奥様に御世話になりっぱなしで療養中。

と、まあそんな感じだ。あまり詳しく書くとブログのネタが無くなりそうだ。

「不登校ライフスタイル研究所」と名付けた。略称は「F-Lab」とする。藤井フミヤの兄弟バンドではない。念のため。個人日誌の形態を取ると、どうしても私感・雑感が混じりすぎてしまうと思ったことと、ラボラトリーという響きが何気なく格好良かったので、そうしてみた。なお、名称が表すとおり、不登校のライフスタイル、言い換えると学校に行かない人々の日々の生活、生き方についてリサーチしたり、サジェストしたりしたいと考えている。僕自身が若かりし頃、そんなサイトが欲しいと思っていたし、いまも将来いつかそんなメディアをきちんと作りたいと密かに目論んでいる。“ライフスタイル”というカジュアルな言葉のとおり、僕は学校制度を論じたり、堕落した教師について報じてみたり、不登校を不健康のように危ぶむ親御さんの相談相手になる意気込みは皆無である。また、不登校中のメンズ&ウィメンズからのネガティブなメッセージも一切受け付けない。なぜならば僕自身が相当ネガティブ人間で、他人の世話を焼いている余裕がない心の狭い大人だからだ。ポジティブかつ余裕を持ったコメントはウェルカムである。

いつかこのラボから、ペンシルロケットばりの素敵な発明ペンシルロケットが入っていたゴミ箱が生まれることを願って。

From 室長