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朝から久しぶりに髪蒼水神の社へ…
明るいときはいいけど夜は怖いやろね〜
ここは車では行けないし住宅街の狭い路地を抜けて人気の無いところにあるんですよね。
(長文ですが説明書きを原文のまま)
現陵南町(元百済村)に百済の湯、又、瘡神様とよばれる小さなお堂がある。
昭和五十五年六月に改装されて今は立派な神域となっているが、それまで
は土手下のうっ鬱蒼とした場所に古ぼけた祠が残されていた。
それもその筈、この瘡神様の由来は正に気の遠くなるような古にさかのぼるのである。
すなわち神功皇后御帰朝の砌り、皇子の瘡を癒さんとして、皇后御自から
神明を念じ給い、この百舌鳥荘の百済の地に御弓を立てさせ給い、そのと
ころの土を除かれたところ、不思議にも清水こんこんとして湧きいでたと
伝えられる。しかもこの清水は、少量ながらもラヂウム含有の葉水であった。
この清水のあるところの面積は一坪足らずのもので、しかも手を伸ばして
容易に汲みとることの出切る、水深僅か一メートル余でありながら、神秘
な水脈は何処にあるのか、傍を流れる小川よりむしと高い地形にあるにも
拘わらず、汲めども汲めども尽きることはない。
時にこの清水を汲みとって浴されしところ、日ならずして皇子様の瘡は
平癒なされたと伝えられている。百舌鳥八幡宮所蔵の八幡大菩薩の御影
之図には「御領塚と申所有今に奇瑞有と申伝事也同所に髪草(瘡)の水と
申井有是は八幡宮の御ほり給うと申伝也かみ草の出くる人は此水をかけて
いたたき候得者なおる事うたかひなし」と見える。爾来伝承につぐ伝承を
もって現今にいたっているものである。勿論これまでには、それぞれの年
代の人々は遠近より来って、この清水を汲み湯呑をなして、諸々の皮膚
病を直し瘡神様を信仰してきたことを今に伝えているものである。
幕末より明治の中期頃には、この清水の近くに個人経営の風呂屋が出来て、
この清水を沸かし大変繁昌したことを今も尚、陵南町の古老は懐かしく語っ
ているのである。
昭和に入ってからは各戸に、風呂造りが増してきて、浴場経営も段々と難
しくなり、いつしか除かれてしまったが、しかし清水の効果には変りなく、
瘡神様と汲んでも尽きない清水の現象は、今も自然の姿で伝えられている。
現今又、神瘡講とか、又、神瘡保存会などがつくられて、この清水井と瘡
神信仰を守っている。古代文化を伝えるこの地にふさわしい瘡神不思議な
清水の淵は、現陵南町の遺跡として将来に尚伝えられてゆくであろう。