我慢して学校行け!
我慢して仕事行け!

離婚を我慢しろ!

我慢して親と合わせろ!

我慢して友だちと付き合え!

今まで「我慢しろ!」と言われて我慢してよかったことなど1つもない。

まずは「離婚」の話。

我慢せずに「
離婚前1年間計画」を立てて置けばよかったと思う。

まわりから「我慢しろ!」と言われ、その通りに我慢した結果

なにも考えずに「我慢の限界」が訪れた時に、

どうしよう「なにも考えてない」となる。


我慢せずに、離婚前1年間計画を立てて置けば

「我慢の限界」が訪れた時に焦ることなく、


その計画を実行すればいいのだ。

「離婚」が頭に浮かんだら

迷うことなく、仕事のことを考える。

子どもがいたら保育園のことを考え、

その近くに引っ越すことを考える。

そういう離婚前1年間計画を立てて置かないといけない。


それなのに親や、まわりの人間とくに日本人は「我慢が美徳」と思っていて

話も聞かず「とりあえず我慢しろ!」と言ってくる。

我慢こそ正しい。我慢こそ正義みたいに。

学校もそう。

我慢できるまで、我慢してして行くじゃなくて

他の場所はないのか?」と考えてみる。

仕事も同じ。

親も合わないと思ったら、我慢して合わせるじゃなくて、

どうやったら
距離を取れるのか?考える。

そのためには、自分が自立して働けるようにならないといけない。


友だちと合わなければ、我慢して合わせるじゃなくて

自分は利用されてないか?と疑ってみる。


そういえばずっとマウント取られて、利用されてたなと。

そう思ったら、
嫌なことは「嫌だ」とストレートに言ってみる。

まわりくどいことしないで、ストレートに言う。

それで怒ったり、うやむやにして話し合いができなければ、もう付き合うのはやめる。

もし自分が間違っていたら、その時はその時、

素直に「
ごめんなさい。間違えてました」と謝ろう。

我慢することなんて、この世に1つもない。