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治安弾圧法を考える

爆発物取締罰則、治安警察法、行政執行法、大逆罪、治安維持法…
天皇国家、日本帝国による治安弾圧法を考察していく

宮城控訴院判決 1908年6月13日   『東京社会新聞』1908年13号 7月25日 掲載


全文ではない、電車事件といわれる「事件」の発端部分を官憲側の主張として参考にするため。いずれ全文アップの予定。

1906年7月9日東京地方裁判所、無罪判決

1907年11月25日、東京控訴院、無罪判決

1908年2月7日大審院に於いて該判決を破毀し本件を当院に移送

「日本社会党員たり被告栄も亦其主義を同ふせる者なる処明治39年(1906年)3月中市内に於ける東京

市街鉄道株式会社東京鉄道株式会社東京鉄道株式会社東京電気鉄道株式会社が相通じて其の筋に

請願し電車乗車賃増額をなさんとする聞き之が反対の意志を発示し其値上げを阻止せんと図り他の同

志と共に同市内に於て各所に演説会を催し同月11日には同市日比谷公園に東京市民大会を開き市民

を糾合し大に其勢を張らんとしたるも意の如き好果を見さりしより同月15日第二の市民大会を同公園芝

山瀧附近に開きたる上同所に於て<我々は市会の決議を無視す>等の文字を記したる紙旗を順次掲

出して当時集会せる多衆の賛同を得るに至りたるも被告西川光次郎は如上尋常の手段は未だ以て其

目的を遂行するに足らず恰も当日東京市会の開会あるを聞けるを以て現に集合せる数千の群集を率い

共同の力に頼りて市会に喧閙し兼ねて前記会社を脅さんには如かずと思惟し同日午後1時過頃右会場

に於て主催者の一人たる田川大吉郎同加藤時次郎等が散会の文字あるか紙旗を掲げて其旨を会衆に

報したる後直に被告西川光次郎は芝山に立ちて対し諸君恰も東京市会の開会中なれば之より市会に

押しかけては如何と叫び被告岡千代彦、山口義三、吉川守国、樋口傳、大杉栄、斎藤兼次郎、竹内余

所次郎、及び当時右大会に参会し居たる被告半田一郎等は直に其意を承け岡千代彦は傍らより市会

市会と連呼して会衆を煽動し其賛同の声に乗じて山口、樋口、大杉は各赤布の旗を翻えし吉川は太鼓

を荷いて傍らより之を打たしめつつ芝山を下り西川、岡は右赤旗の下に立ちて先導となり幾百の群集を

率い斎藤、竹内、半田は之に随い同公園桜門を出て或は其軌道に立塞り或は電車に対して石片を投

ずる暴行者等と共に行々喧擾し迂曲して麹町区有楽町三丁目東京市街鉄道株式会社に迫り被告西川

、岡、山口等に於て電車値上反対三銭均一万歳等を大呼するや群衆は之に和して鬨声を上げ同時に

投石して同社の窓硝子を毀壊し其山下見附を出て外濠に沿うて左に向うに際しては同所を運転中の電

車を止め或は之に石を抛て窓硝子を破り其数寄屋橋を渡りてし同区有楽町二丁目の前同会社数寄屋

橋出張所を脅かし前同様投石して硝子戸を損壊し同町三丁目所在同社電気変圧所の窓硝子を破り其

板塀を毀つに至りたる処西川を始め既記の被告等は豫て警察官吏の己等に尾行するを察知せるより途

中陽に二三制止の言動を示したるも尚行動を継続し遂に喧■して同区東京市役所構内に侵入し同所

土木課及市区改正課なる木造建物を市会議事堂と誤認したる上之に対し瓦礫を乱擲し西南両面の硝

子窓十数ヶ所を破壊し更に相率いて玄関口より右室内に闖入せんとする際警視向田幸蔵巡査の出張

するあり鎮撫を試みたるより西川以下既記の被告等は自ら落伍するの利なるを察し門外に退き解散と称

して同午後2時頃群衆の一部と共に同所を立去り足り。

群衆の他の一部は再び日比谷公園に到り右騒擾の喧傳に応じて集合せる他の群衆と会し同午後2時30分頃数百人相合して同公園を出て其附近並に前記会社附近に於て数多の電車を囲み之に妨害を加え或は前同社に押寄せ或は瓦石を擲ちて電車を損壊し又は同会社の建物を毀損し其従業者を殴打し警察官の制止に因り同公園内に引揚げたるも更に出でて前同様同所に喧閙し電車を襲撃し乗客に負傷せしむる等暴行を継続し同午後七時過に至りたるものなるか先是被告敏太郎は右暴動を関知し前同公園正門附近に到り同午後7時過頃巡査が群衆を鎮制するを見て「諸君退却すへからす大に遣るべし遣るべし」と発言し且つ同所に徘徊せる群衆の一部に対し電車賃値上の不当なる事を演術したる末「諸君是より任意に活動す可し」と反覆高言し其群集の雷同するや「諸君右に行くべし」と手を挙て之に先ち前同会社前に到り同社に対し群衆の罵詈騒羃する際後方より「大に遣るべしべし」と連呼煽動し被告高次は右敏太郎の演説中同所に於て「大に遣るべし会社を破壊せよ」と叫び会社前に同行しては「会社を破壊せよ電車を焼毀せよ」と呼ひて之を助け被告傳吉は其際右等の煽動に応じて之に附和し同社前に於て之に石を投じたるものなり其後被告栄は治安警察法違反に依り明治四十一年三月中東京地方裁判所に於て軽禁錮一月に処せられたり

證憑を按ずるに第一、判示冒頭より三月十五日の大会に於て判示の紙旗を掲げ会衆の賛同を得たる迄の事実に付ては

一、第一審公判始末書中被告光次郎が日本社会党員なる事判示年月中演説会を開き又は市民大会を開きたる事並に其趣意等右と一致する供述及十一日の大会の際は降雨の為め多数の集会なく僅に二百名なりしとの供述記載

二、同被告が当審公廷の供述中十一日の大会は国家社会党員山路弥吉等と共に協力して開催したるものなるも同日同人は被告等が属する日本社会党の旗又は同党伝道用の太鼓等を用いたるに感情を害し同月十五日に開くべき大会に参会せざる旨を述べたる事あり十一日の大会の決議文は内務大臣官邸に持参する為め田川大吉郎堺利彦及被告外一人に於て委員に選定せられたるも山路は同官邸には赴かさりしとの事十五日の大会には判示の如き旗を掲げ会衆の賛同を得たる事等の趣旨

三、当審公廷に於て被告千代彦、義三、守国、兼次郎、傳、余所次郎が各日本社会党員たる事被告栄は同党員に非るも党の運動には出席したる事電車賃値上反対の為め市民大会を開くに至りたる迄の次第は大略判示の通なること被告余所次郎が十一日の大会に出席せずと云うの外何れも十一日十五日の大会に出席したる事等の各自認及十五日の大会開会の方法に付ても被告千代彦義三兼次郎傳余所次郎等に於て判示の通なる旨を各供述に徴し明白なる事実なりとす(中略)