私には弟がいる。



歳が離れているので
兄弟というよりは
息子みたいな感じで



といっても
私には子どもがいないので
本当の意味で
息子かどうかは分からないのだが



保護者みたいな気持ちでいることは
間違いない。



それは彼が20歳を過ぎた今でも
変わらない。



困ったことはないのか
悩んでいることはないのか
ちゃんとご飯は食べているのか
恋人とはうまくいっているのか



弟のこれからを暗示し
おせっかい承知の助で(ギャグセン古)
事あるごとに
長いメールと熱い眼差しを送ってしまう。



しかしそのたびに
弟から返ってくるのは
「うざい」という3文字だけ。
(UZAI)(ローマ字にすると4文字)
(だからなに)



最近では
私のメールを未読スルーするという
高度な技を見につけたらしく
(既読じゃないよ,未読だからね)



私の弟への片思いは
色濃くなるばかりである。



そんな中
風の噂で(元ネタ母)
弟が転職するという話を聞いた。



今までしてきた仕事は
彼の性格にとても

合っているように思えたのだが
数年働いて色々思うことがあったらしい。



お正月,弟に会ったので
新しい転職先のことを聞いてみた。
聞けば聞くほど,その会社は
弟の性格に合っていないような気がして
ちょっとシュンとしてしまった。



もらった転職先のパンフレットも読んだ。
読んでも,何をしているか分からない会社で
シュンは2倍に膨れ上がった。



その夜,弟へ
転職やめてもいいんだよ
と,メールを送ってみた。



いつも通り未読スルーされた。
喉に小骨がささったような気持ちになった。



数か月たって
やっぱり弟が気になった私は
転職祝いにネクタイを買ってあげる
と,姑息な手段で弟を呼びだした。



普段のメールは未読スルーするくせに
ものを買ってもらえることが分かると
彼はほいほいやってくる。

(弟も姑息)




せっかくだから
ご飯も食べようということになり
近くにあったハンバーグ屋に入った。



本当はすぐにでも
仕事の話を聞きたかったが
それをやると
うざいと顔をしかめられてしまうので



とりあえず最近やっちまった
自分のおっちょこちょい話を披露した。
(たくさんありすぎて困るの巻)



そして
場と心があたたまったところで
やんわりと仕事の話をふってみた。



ぽつり,ぽつりであったが
弟は転職先のことや
自分の気持ちを話した。



それを聞きながら
ああ,弟はもう
幼いだけの弟ではないのだな
と安心した。



しかし,安心したと同時に
やっぱり大丈夫かなと
心配にもなった。



世の中には
ブラック企業と呼ばれる会社がある。



暴力,違法労働,パワハラ等によって
働いている人を使いつぶしていくような所だ。



そういう会社は
入社する前から異臭がしている。

(と私は思っている)
それは微々たるものなのかもしれないけれど
求人情報,面接官,評判、パンフレット、会社の雰囲気、などなどあげればキリがないのだが

そういうところから結構香ってくるものなのだ。



弟が選んだ転職先も

残念ながらそんな異臭が

ぷんぷんする。




だけど若い人ほど
その異臭を感じても
自分だけは大丈夫だと思ってしまう。
やる気と勇気が存分にあるからだ。



私も20代の頃
半年で3回職を変えたことがある。

(もちろん原因は私にもある)




私は私のようになるな
という意味をこめて
弟へ言葉を尽くして説得したかったが
やる気がみなぎっている彼には
それは逆効果だろう。



だから
デザートのパフェをつついている弟へ
こんなことを言ってみた。



異臭を感じたらすぐに逃げてね。
働くことよりも
生きていることのほうがうんと大事だから。




昨今

テレビを賑わせる

虐待、いじめ、暴力など

物騒なニュースが頭をよぎった。




弟はおおげさだなと
笑いながら

パフェを食べ続けていた。



こらこら
笑ってる場合か。



会社にとってみたら
弟なんてたくさんいる中のひとりである。
しかし
私にとってみたら
たったひとりの弟だ。
仕事の代えはいくらでもいるが
弟の代えはいない。



そのことが
伝わったかどうか分からないけれど
その日の夜に
「ありがとう」と弟からメールがきた。

 


久しぶりにみる
3文字以上の言葉だった。