『 もう今は

わかりやすい悪なんていない。』

 

 

 

 

 

 

なのだけど、

批判しない奴も悪い奴、心情を慮った奴も悪い奴、自分の意に合わない奴も悪い奴、、、みたいな悪者認定的な雰囲気が感じられるのは、これも変化の過程の出来事なんだなと。そういう意味では、連日起こる、こいつら悪い奴、、、的な、わかりやすい悪の連呼は、ひっかけ問題みたいな感じもします。

 

やはり、いかにフラットに出来事をみれるかというのは大事なんだろうと思います。

その上で、傷ついた人や苦しい人に適切な気持ちや援助を届けることができるか?そんなことを試されているように感じます。

 

 

 

 

 

まあまあ、精神世界も見聞きしてきたわたしでもあって、チャネリングも今は控え気味ですが、今でもたまにします。でも、そういうチャネリングの話も精神世界も、突き詰めれば突き詰めるほど、現象や情報をフラットに受け止めた先の更なる現実主義になっていきます。

 

精神世界・界隈がいまだに足踏みしているのは(いや昔よりはだいぶ進歩している)、経験することはよいとして、経験から生まれた観念に囚われたままで(例えば不安などネガティブなことの原因探しばかりをしていたり)、その先にある真の現実主義に至らないからだろうなあと。

 

もっといえば、原因探しが、ある種の細分化となって、原因へのスケール感覚がマヒしてきているところもあります。この細分化が、分断として働いていて、この分断するエネルギーを意識的、無意識的につかっている人たちもいます。

 

 

 

 

実は、この細分化によるトラップに陥ることなく、事象や情報をフラットに捉えるために役立つ思考方法というのが、いわゆる引き寄せといわれるもので、ただ願望を叶える為のものというわけではないです。真の引き寄せは、自身を生かしながら、全てを包括した世界線を生きる考え方です。

 

いろいろな日々の出来事も、隠された歴史だって、史実だって、プレアデスやアヌンナキだって、現象も情報もフラットにしてしまえばいい。それではじめて、今を超えていく、その先が観えてくる段階があります。(その為にいろいろな存在が「知る」ことを少しづつ長い間続けているわけです。)

 

この世を生きている人間として、わたしも個人的にいろいろ感じ思い学ぶことはあるけれど、日々の出来事とか、情報とか、わたし的にあまりセンセーショナルに扱わなくなったのは、そういうこともあるなあと。そういう意味では、非常識で、トンデモなのかもしれないです。

 

昔から変わらず 「感情」はこの人間の重要な要素です。フラットに捉えるって自分の感情を抑圧し、消すというのでもないです。今のお気持ち主義や悪い奴認定は、むしろ自分を抑圧しすぎた結果のようにも観えます。

 

 

 

 

わかる、わからない、はどちらでも問題はないです。ただ、わからないものだからといって、ダメなもの、役に立たないもの、ということではないです。観る場所、観方、観る次元が異なるだけです。この辺りに、上でいう ”わかりやい”や”わからない” の仕掛けも潜んでいるのだろうなと思います。

 

アインシュタイン云いました。

『 問題は発生したのと同じ次元では解決できない 』

 

 

 

そして、

とある存在 も伝え言います。

 

”わかってる” にとどまるな。 ”わからない” へ進め。そこに全ての可能性があり、次元を開く扉がある、と。

 

 

 

 

 

ということを朝から書かされて、書いたり、消したりです。

 

今日もなかなかな暑さでしたね。梅雨があければ、この暑さに圧が加わってきます。体調管理を大事になさってください。

 

 

それでも

世界は良くなっています。

もっとよくなってます。

もっともっとよくなってます。

すべてが良くなり続ける過程です。

ベストじゃなくベターの世界です。

 

 

 

 

 

 

こんばんは。

今日はいかがでしたか?

 

 

TRFって30年周年なんですって、すごい。

 

『 TRF / Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~』

 

時代がかわっても、まんなかはシンプルですな。

どこに行こうとゴールも決めないで、”好き”を追求し続けてきた、続けてる姿があるなあ。

 

 

 

 

スイカバーとあずきバーは好き。

 

 

 

さあ、明日も楽しみましょ。

 

あなたも 体調お大事に。

 

ではでは

今夜も

ぐっすりと

おやすみなさい。