澄んだ陽射し その影で

コンニチハの笑顔

 

もうちょっとだ

もうすこしで届きそう

あいまいな気持ちの理由

 

恋というものに

愛というものに

希望というものに

 

 

 

 

 

 

週中、水曜日。

みなさま すこやかにおすごしください。

 

 

 

 

 

 

こんばんは

おはようございます

今日もおつかれさまです。

 

歯磨き、わたしも前にしたことあります。

口をゆすいだすぐは気づきにくかったりして、それが乾くと歯磨きが粉が目立ってきたりして笑。

 

それにしても、いろいろな人生があるものですね、それでも何かきっかけがあって、また、何かがよりよくなっていけばいけばいいなあと思います。とはいえ、後半は、渋谷の爆発事故の件で、なぜ、こうしなかったんだろう?という考えが浮かんでそっちばかりでした。

 

バルブだけでなく、普段から自然に水が抜ける別の配管を設けなかったんだろう?勾配の逆の配管を一本多くつなげるだけでも良かった。いちいち人が手作業するのは、メンテナンスの時とか通常でない時だけ。あと、なぜ設計チェックがされなかったのか?あれだけの施設、人だけの問題じゃあないはずなのに。なぜ、定期検査が効果的になされなかったのか?

 

人は信じないといけないけど、技術的マンエラーという意味では信じちゃいけない。人が手を施さなくても普段は自然に対応している物理的な構造や設備を考えないと。換気扇とか電気制御とかにはバックアップは必須です。

 

設計による注意喚起がなかったことにも原因があるとしても、あれは責任の所在を表すための刑罰で、そこが本質ではなくて、あの事故は全体として構造的エラーです。誰も意図したわけではない。近隣の為のガス調査が 「気をつけてね」っていうメッセージだっただけに、悔やまれます。

 

いつも思う。その技術は誰の為のもの?設計含めて技術屋の都合や理屈の為じゃないぞって。その一方で、事業をしようとする経営者は、専門じゃないから知らない、なんて理屈は通らない。

 

今話題の学術会議だって、学問、思想、の自由が議論となっているけど、自分を省みるのはどちらだろうか?話題になるまで、ほとんどの人が気にもしなかったんでしょ?その存在、その議論、誰の為?

 

と少し熱くなっていまいました。

 

 

 

 

 

はあ

アイスたべよ

 

 

 

 

1話予告の、使用済みマスクは 「 こう!こう!こう!こうして、こう! 」 がお気に入り。

 

 

それでは

今日も

おやすみ

おはよう

がんばろー

 

ではではー