全豪オープンいい試合でしたね。おめでとうございます。

トップレベルの集中した質の高い試合をみると国の違いとか人種の違いとかでなく、人間の共通したところを感じます。そういうところで言えば、もちろん日本人として嬉しいのですが、日本、日本人、日本語にヘンにこだわるのでなく、大坂なおみ選手という個人を讃えたいです。そういう報道の仕方をしてほしいな、へんな注文とかしないでさ。ドキドキしたけど、気持ちいい試合と表彰式でした。

 

 

フィジカル、メンタルが高いレベルで統合されると高いパフォーマンスの中に独特の静けさがあり、メンタルがフィジカルを超えていること。そして、常に鍛えているスポーツ選手といえども、その反動で故障することが少なくないこと。ここに明らかにフィジカル面での性質や機能にリミットがかかっていることを感じてしまいます。要は、メンタル(精神、感情ともに)を受け止める器としてのフィジカルの性質、性能が釣り合っていないということです。

 

 

塩爺

それに関しては、なぜそうなっておるかは、今更いうまではないの。ただの、その制限がはずれたとしてもじゃ、精神と肉体の動的な均衡が保たれねば、本来の質も性能も発揮されぬのじゃ。そういう意味では、最高到達点はちがえども、精神と身体の関係性やあり方にはちがいはない。そこが地球人類のテーマであるのじゃ。だからこその地球でもある。

 

人間は環境生物であり、慣性生物じゃ。これがどういうことかわかるかの。慣れとは留まることではない。変化させることができるということじゃ。これは、精神と肉体の秘密のひとつでもある。

 

 

塩爺

集中がきれるのは、仕方のないことでもある。なぜなら、人間の意識は生き残る上で、過去と未来を想起させる機能があるからじゃ。今の肉体が高い集中力のあとの大きな負担や故障があるのは、その機能を抑え肉体の制限を超えて活動するからなのじゃ。精神は一時的にそれをさせる力がある。もっとそれを過信しすぎたのが過去の日本人の過ちでもあるの。

 

 

塩爺

報道かの、、多くの者が喜びそうな事や情報を流すのが今のメディアであり民衆意識というものであろう?日本、中国、韓国、アメリカ、、、、それぞれに違えども今という時代のレベルでしかないのは変わりない。民度などという言葉を未来ではつかわぬわ笑。未来の人間からみれば、おかしな言動をとっているのじゃよ。しかし、未来の人間が過去の者(現在の人間)を劣っていると考えたり、裁いたりはしないのじゃよ。

 

その上で、多くの存在が過去に未来に行き干渉することはどれだけデリケートなことかということじゃ。過去・現在・未来の流動的時間・可変的歴史の全てを受け止めることができる個はない。それをなせると考える者たちは、その傲慢さ故じゃ。

 


 

 

『 北風 』

かいつまんでいえば、北風が吹いているよという歌詞。

情景を詠い、共感を呼ぶのは、まさに俳句。みんなのうたって何げにすごいんだよなあ。

 

 

 

こんばんは。

風が冷たい一日でした。

あなたは何処吹く風でしたか?

 

 

突風が野原をわたり街を駆け抜け

ガラス窓をたたく

森で生きるものたちの声

街に潜むものたちの物音

それからの静寂

 

帰ろう私たちの家に

 

朝焼けの色

夕方の雲

夜の闇

雪の光

 

 

 

冷たい風なかでも、あなたの手足があたたかでありますように

それでは、

潤ってぽかぽかで

おやすみなさい

 

 

『 ハナレグミ ー 光と影 』