真善美というものは、抽象的に思われますが、その中心には強い実在感を持ちます。
例えば、美しい絵画や景色を見るとき、目の前に「美」は存在します。でも、その美をどんなものかと言おうとしても、なかなか言葉にして言うことができません。それだからこそ、古来から多くの人が求め続けているのでしょう。そして、真善美は求めれば求めるほどわからなくなる。このわからないものだということを、深くわかってくると私たちの意識は高まっていくように思ったりもします。
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理想というのは、真ん中に真善美があると私には感じられます。「 わからない・真善美=理想 」というこの未完成感は、地球人類そのものとも。
未完成であるからこそ理想に近い。知力だけでは完結できるが、永続的な宇宙はつくれないし、理想にも近づけない。そこには感情の未完成さが必要だった。私たちにできることは、実在の中で、知力と情操を育みながら、わからないまま求め続けることかもしれないと思ったのでした。
今書いているのは、なんとなく、未来の記憶。
こんばんは。
一日おつかれさまでした。
いいですね!毎回の隠されたテーマと世界観のシンクロ率が深まってきました。
真善美は言葉にならない。
誰もが言葉を偽りながら、言葉ではいえない真善美にしたがっていたのが印象的です。
そして最後の最後も、その言葉にいえない、目に見えない心(=真善美)が、事件の完全な解決をさせました。
だけど、それを導き出したのは、矢代さんのまっすぐで偽らない感情ののった言葉。
真実は現実(現場)と繋がった知力と情操(感情)が見出す。
矢代さん、切なかったですね。
やっぱり彼女の真っ直ぐさ、嘘の付けなささ、情操は、知力が迷子にならないために道を照らす火のように感じます。
テーマが文字や言葉でありながら、その裏をいくことで、印象が強く感じられます。
それも 「 もし文字から繰り出される空想という推理が許されるなら 」
という言葉によって、文字と現実との距離感を表しつつ、上の真善美にようなことについて触れているように感じます。
それにしても、今回も細かいところまで盛りだくさんでした。盛り込まれた言葉や文字、鳴海先輩の安定の存在感、可愛らしい男性陣。 男子の淡い恋、女子のフェチも、ほのぼのしちゃいます。
そして矢代さんいいですね!回を増すごとに魅力が増します。前半のおとぼけで子供っぽい矢代さんと、最後のまっすぐな言葉を話す大人の矢代さんのシーンが好きです。アクションも、体の動きだけでなく、体自体にトレーニングの成果がでてますね。すごい!あなたの矢代さんをみていると元気がでます。
今回もおもしろかったー。もう少し長く見たいです。もっともっとタケもっと~♪
来週からは、さらに核心に向かう様子、たのしみです。
ということで、
今夜はこのへんで。
体力全開。おちゃめなあなたも全開ですね。
あなたの日々が、おもしろく 健やかでありますように。
ではでは、ぐっすりと
おやすみなさい
そして、そして 矢代さん寝癖かわいい!
中の人はアジアンパクチー味は食べないだろうけど、矢代さんは食べるのですね笑
