【小川山岡鉄舟会】
山岡鉄舟と小川町
小川町竹沢地区は鉄舟の父小野家の知行地であったため、鉄舟はこの地を度々訪れていたようです。それを裏付けるかのように小川町には鉄舟の壮年から晩年にかけての書が幅広く残っております。
また、明治維新後小川の和紙を何とか広めたいとの気持ちから小川の成川忠次郎(鉄舟の門下)が当時大変人気があった東京の森田宝舟堂の常備薬「宝舟」の包み紙としてもらうべく尽力しておりましたが、鉄舟の仲介でみごとに成就し、長い間使われていたようです。現在当館には当時宝舟用に透かしを入れるために使用した和紙の簀が残っております。
しかし、小川町は鉄舟の歴史の表舞台には今まで登場してまいりませんでした。それは、鉄舟が心の故郷としてこの小川を愛していたため、小川町の存在をあえて公表しなかったのではないかと思われます。先年この地で「大鉄舟展」が開催され、百余点の鉄舟の書が公表されました。
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