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物語詩作品
【 桜物語 】
【 花化身 〜 花の化身 】

【 作者/彩鳥 桜花 】



今夜もまた、大好きな紅色の薔薇の果実を飲んでいる。
微かな酸っぱさが口いっぱいに広がり、この薔薇の果実を砂糖もハチミツも入れず飲むのが、夜は心地がいい。

微かな酸っぱさが、忘れかけた記憶の映像を連れてくる。

あれは幻想だったのか。
それとも現実であったのか。
そんな不思議な中間点で、1年前の不思議な出来事が蘇る。

そう。
あれは、やはり薔薇の果実を飲み、体がほんのり心地がよくなり、近くの川沿いの夜桜を見に行ったときのことである。

川沿いの向こう側に見える夜景の明かりは夜桜とは無縁の世界を見せており、散歩道の桜並木と菜の花がバランスよく光景を飾る。

月明かりに浮かび出された桜並木が、妙に不思議な世界観を醸し出すのは、ここの場所が明かりすらない散歩道だからだろう。

私以外に誰1人いなかった。

それはそうだろう。
この地域では、特にこの辺りに訪れる人は少ない。

大通りを渡る大きな橋を左右に分かれて、細い散歩道があり、右側の道を行くと、程なく別の桜並木が広がる。

何故だかわからぬが、この左手の散歩道にあまり人は訪れない。

だからだろうか。
不思議さの中で現れた彼女の姿が、現実と幻想の中で繋ぎとめられた世界のようで忘れがたい光景となったのである。

月明かりは散歩道を照らし、桜並木の花びらを薄っすら映し出し淡い桜色の脇を固めるかのように、くっきりとした菜の花が川沿いの土手を醸し出す。

花の匂いが辺りを充満して漂わせる様子は、何処か別次元の世界をも思わせていたから、彼女の姿が見えたとしても不思議ではなかったのだろう。

桜の花びらが、夜の春風に舞い降り流れる様子は幻想的で美しかった。

はらはらと落ちる花びらが、一瞬だけ増えたような気がして目を凝らして見る。

【 …… 白い?……女の人? 】

さすがに口には出せなかった。
声も息も飲み込むように、彼女の姿を見つめると、その人は私を見つめてきた。

薄っすらと微笑み見つめる人。
長い髪の毛は腰まであり、風にまみれ髪は揺れ動いている。

彼女の着ている、薄くて軽い長さのある白いドレス風の洋服が風になびいて、その姿から微かに桜の香りが伝わってきたようで心地がいいものだ。

肩と首あたりは白いドレスから見えており、透きとおるような絹の白い素肌が印象的だった。

『 …… おや、この場所に夜桜を見においでになるとはお珍しいですね。…… この桜も、さぞや喜んでおいででしょうね 』

それらの透きとおる声が、私の身体を包みあげるかのように届く。

私は声を飲み込む。

『 …… よくおいでになられました。忘れ去られていては、桜の花びらも切ないと申すものですから、今夜は私が慰めに来たのですよ 』

透きとおるような声が、優しげな羽根で私の元まで舞うかのように、さらにつないで声が聞こえてくるとき。

『 それでは…… 貴女も桜の木と御一緒に、私の桜の舞を御覧になりませぬか。人と会話することが、私はあまりないのですよ。よろしければ、御一緒に桜の花びらをお慰めしてはくれませぬか? 』

ふっ…… と、彼女は微かな微笑みを私に向けながら、軽くて長き白いドレスは花びらのように舞い踊り始める。

まるで花びらが舞い踊るかのような、白い手が奏でる仕草は、女性の頬に薄紅色の艶やかさがあり、そんな惹かれる姿の世界観を描いている。

白い両手がしなやかに舞い踊り、くねらせた身体が妙に色っぽい艶やかな女性の姿を醸し出している。

白い絹のような身体が、しなやかにくねらせて舞い踊る姿はゾクッとするほど美しい。幻想的な姿である。

透きとおるような軽く白いドレスからは、絹のような素肌が見えるのではないかとも思えるくらい、軽々しく舞い踊る。
本当に美しい姿であった。

どれほど過ぎたのだろう。

淡い桜色の姿の女性が、薄っすらと桜の木の下で消えようとしている。

『 …… 貴女は誰ですか? 』

やっとそこで、私の声が女性に向けて口を開いたとき。

『 …… 私は、花の化身です。花化身と申します。いつか、いつかまた機会があればお会いいたしましょう 』

薄っすらと微笑み、頬を艶やかな薄紅色に染め、彼女は花の中に吸い込まれていくように消えていく。
ゆっくりと。

後に残ったのは、桜の匂いと月明かりの下で残された彼女の余韻だろうか。

私の身体をまとわりつくような、桜のいい香りが残されたまま。

どれくらいの時間であったのか。
それすらもわからぬが、花の化身だと言った彼女の姿と声だけが心地よい姿で、いつまでも忘れ去ることなく残っている。

【 …… 花化身 …… 】

その名前だけが、私の心に刻まれて残る。
あれは、1年前の不思議な出来事だった。

再び、こうして私は川沿いの桜並木まで来ている。
むろん、花化身と出会った桜並木の場所にである。

また桜の咲きほこる季節が訪れている。

花化身と出会えた瞬間は、きっと誰1人いない桜の木の下で出会えた、貴重な出来事だったのだろう。

月明かりを眺めると、いつぞやと同じ白い月が淡い光を照らし、桜は夜の中で輝きを放っていた。


【 完了 】

★★★★★★

 物語詩作品について、誤字脱字がございましたら御容赦ください。
その際は、改めて作品を直します。

【 作者/彩鳥 桜花 】