奥様は立ち上がると仏壇の前に座り


先ほど灯したローソクの灯明を消し


襖を閉めてしまわれました


そして席に戻ると、あそこが開いていると


落ち着かないのよね


今日は眠ってていただきますからと言って


脇においてあるビール瓶の栓を抜き


グラスを持ち上げて私に注いでくれと差し出された


既に大分飲んでおられるのにと思ったが注いであげた


昇さんも飲んでねと言って注いでいただいた




「昇さんごめんなさいね」と言って頭を下げ


早苗は昇さんの将来をだいなしにしたのではと


ずっと後悔していましたの


実は昇一郎は昇さん貴方の子供ですの


と言われた


私はなんと返事をして良いのか判らず


奥様の顔をじっと見つめているだけでした



「奥様それはご主人佐々木重役はご存知だったのですか」


私はやっとそれを聞いてみた


奥様は首を横に振って「知らないで逝ってくれたの」


「でも昇一郎さんという名前はどうしたのですか」


私は聞いてみた


「それはね、佐々木の父がつけた名前なの」


「佐々木の祖父が昇衛門という名前だったそうなの」


私もね義父から名前を昇一郎にしたと聞かされたとき


本当にびっくりしたのよ


だってね


私と昇さんの仲など誰も知らないはずでしょ


知った人がいたとしたら

美味しいお料理をいただき、ビールを差しつ差されつ


奥様の顔は真っ赤になっていました


昇さんと言うなり奥様は私の右手を両手で取り


卓の上に奥様の両の掌で挟みながら


「早苗は昇さんのことを一日として忘れた事はありません」


「今こうして居るのが夢のようです」


と言いながら私の手をいとおしむ様にさすり


お話をされました、私は昇一郎さんのことを聞きたいと思いました


でも、口に出す事が出来ませんでした

奥様は


昇さんは今日ここにくるのに


邦代さんには何ておしゃってみえたの


私は座卓に向かいながら、


家内邦代は昨日から友達と旅行に出かけています


4日ほど留守にしていますと言いました


奥様は「それは良かった」と言うとちょっと待ってねといって


部屋を出て行かれました


私は振り返って仏壇の中でローソクや


線香が燃えるのを眺めていました



しばらくすると奥様は両手に大きなお盆を持って


部屋に入ってこられました


お盆にはお料理の小鉢やお皿がところせましと並び


ビールのビンとグラスも2個伏せて載っています


卓の上にひと通り並ぶと


奥様は私の右手にお座りになり


昇さんどうぞと言ってグラスを手渡され


ビールをグラスの7分目のところまで注ぎ


自分もグラスを手に取ると私にビール瓶を渡しながら


昇さん注いで下さると言って一寸と首をすくめて


茶目っぽいしぐさをされました


同じようにグラスに7分目ほどお注ぎしました


ビールのグラスを私の前に差し出すと


「昇さん本当にありがとうございました」と言って


グラスとグラスを小さく当て又首をすくめて、


にっこりしてくれました


私は「いただきます」といってビールに口をつけました


奥様は一気にビールを飲み干し


グラスを私の方に差し出されました


私は慌ててビール瓶に手を伸ばそうとすると


奥様がさっと瓶を取って私にグラスを受けるように


差し出されました


奥様のグラスを受け取るとビールを7分目ほど入れ


飲むように左手を上に向けてそっと上に動かされました


私は奥様からいただいたグラスで一気に飲み


今度は私のグラスに残っているビールを飲み干し


私の持っていたグラスを奥様に差し出しました


奥様はグラスを受け取ると私のお酌を受け


今度は半分ほど飲み卓の上に置かれました


そして私の手元にあるグラスに一杯にビールを


注いで下さいました


杯の交換はヤクザの世界では「血より濃い契りの仲」



何を意味するグラスの交換なのか期待で一杯になった