大学院で授業を聞いていて感じたこと、特に企業が学生に一方的にスキルを求めている点について書かせてください。


私は大学院の1年生なので、今年の秋ごろから就職活動をすることになる。
昨今の経済情勢、東日本大震災などが重なり、就職(特にバイオ系)はとても厳しい状況とのこと。

少し話は逸れるけれど、今の大学院生・大学生は高度経済成長期の「輝かしい日本」というのを知らない。
つまり、生まれてからずっと日本の成長は下降し続けている。

生まれてから間もなくバブルの崩壊が起こり、義務教育では「ゆとり教育」、大学時代にサブプライムローン、リーマンショックが起こり、超少子高齢化が加速している。。

今の大人は「最近の大学生はゆとり世代だから…」など好き勝手言うが、「ゆとり教育」はあななたち大人が始めたことだろう。

その点において、今の大学生は「被害者」と言っても過言ではないと思う。

大学院の講義で「学生に求める人材像」というテーマで、ある大企業の方が話しておられた。
それを聞いていて、最初は「なるほどなぁ」なんて思ったりしたが、だんだん呆れてきた。。

「学生に求める」ばかりで、あなたはどうなの?と。

ここまで日本を低迷させておいて、よく偉そうなことが言えたもんだと思いました。
(私がひねくれているのかな?)

学生に色んなスキルを求めるのは当然だと思うけれど、それを当然のように言われるのは何か腑に落ちない所がある。
こちらから言わせてもらえば、「あなたたち大人が頑張れよ」ということ。
低迷した日本を元に戻す責任・義務があるのは大人も学生も同じでしょう。

ゆとり教育を施したのは、紛れもなく日本の社会であり、日本の大人たちである。
その責任を我々学生に押し付けられても困るというのが本音。。

まぁ、そんなことを言っていては始まらないので頑張るしかないのだけど。

講義で、就職に関する大切な情報を提供してもらえるのはありがたいけれど、大学院の舞台でいい加減なことを言うのは止めて欲しいと思いました。
今日、「社会生命科学」という授業があった。
大学院の授業と言えど、大学と同じような感じ。

講師はW先生。
進化論に関する本を執筆、翻訳されている先生で、学部の頃から知っていた。
(学部の時代の研究テーマが進化に関することであったので…)

有名なものでは、Stephen Jay Gouldの書籍も翻訳されているらしい。

今日の授業の中で、印象に残ったことがある。
それは、現代の科学教育における問題点について。

先生は日本の理科教育に欠けている点として、「理科が如何にして将来の役に立つのか」ということと、「理科が受験のための道具になっている」と言われた。

まさにその通りであると思うが、先生は「科学」と「科学技術」と「理科」を混同して話されているのが気になって仕方が無かった。

「科学」がどのようにして我々の役に立つのかを考えるより、「理科」が如何にして将来の役に立つのかを説明する方がはるかに難しい。

「役に立つ」とは何なのか。また、それを実証する必要性が分からない。

ここに理科教育の難しさがあると思う。
大学院の先生の話を聞いていて思ったことがいくつかある。

それは、多くの人が「科学と社会とのつながり」を意識しているということ。
つまり、根源的に言えば「科学とは何か?」ということ。

学部時代、倫理を考えている先生は本当に少なかった。
それは以前よりブログに書いている通りである。

大学院は、大学よりもさらに高度な研究を推進する場であるから「倫理・道徳」の類のものは除け者にされているのではないか?と思っていたが、現状は違った。

高度な研究や教育を目指すからこそ、倫理観を重視する。
まさに、それが最も大事なことだと思う。