岩手日報にマルカンデパート存続の記事が載っていた。
あと数日で閉店するマルカン。
長い間、本当に親しまれてきた。
むかし、カワトクが肴町にあったころのレストランを思い出す。
食券を買って、テーブルについて半券をウェイトレスに渡す。
幼稚園から小学校の時代は、最高の楽しみだった、カワトク。
あのレストランの雰囲気が味わえるのは、もはやマルカンだけだ。
それが無くなると、もう味わえなくなる。さびしい。
思い出としてだけ残るのもいいのだけれど、
やっぱり、実際に体験しないと満足できないものだ。
いつも行けば、必ずあるものが、無くなるっていうのが、
こんなに大きい出来事なのか。。。
普通にあるモノの大切さが、無くなると分かるのって、なんだか虚しい。
逆に言えば、普通に過ごせるってことが、いかに幸せかってこと。
温泉旅行や、観光旅行、東京ディズニーランド、USJ、海外旅行・・・などなど、
楽しい出来事もあるけれど、やはり、普段のなにげない生活がとても大切なのだ。
ディズニーや温泉旅行は、ほんの数日の夢の時間であって、
1ヶ月も滞在するわけではない。
やはり、1年のうちの大部分は、家で普通に生活しているのである。
それが、実は一番幸せなことなんだなって。
マルカンデパートの閉店で、思い知らされた。
それほど、普段から思い入れがあったわけでもないのだけれど、
一度、レストランでラーメンを食べ、ジャンボソフトクリームを食べた、
それくらいなんだけど、やっぱり、昔の雰囲気だなぁ。。。って感じさせるし、
また、いつか、来ようと思わせる、そんな郷愁をさそう空気なのである。
別の会社が、なんとかマルカンレストランを継続しようと努力している。
もう、マルカンという名前ではなくなるけれど、
料理レシピなどは、マルカンの全面協力を得られるらしい。
耐震補強や改修など、全て含めて6億円の費用がかかるらしい。
継続するか、どうかは8月に決めるという。
なんとか、存続して欲しいものだ。
大事なものが無くなって、はじめて気づくことが多い。
無くなってから後悔することばかりである。
ああすればよかった。。。こうすればよかった。。。
後悔するけれど、もう、どうすることも出来ない。
やっぱり、気持ちの持ちようを変えることだと思う。
人生、もうどうしようも無いことばかりで、あふれている。
誰もが、子供の頃から、自分のしたいように出来ないことは分かっているはず。
絶対に、出来ないことがある。それを分かりながら生きている。
生まれたときから、思い通りに生きてきた人間はいない。
後悔はする。けれど、あまり引きずってはダメだと思う。
また、同じ後悔をしても、それはそれでいいと思う。
同じ過ちではない。過ちは間違いのこと。
後悔はやりたいことをやらなかったこと。
過ちは繰り返してはいけないけど、後悔は繰り返すものだ。
けれど、何回も繰り返してはいけない。
後悔を引きずってはいけない。前を向こうってこと。
松岡修三みたいなこと。
盛岡の人はカワトク、花巻の人はマルカン。
地域のシンポルは無くなって欲しくない。
実家に帰省したときに、カワトク行きたい!マルカン行きたい!
ってなるじゃないですか。
そういう場所は、無くてはならないんですっ!
イオンは何でもあるし、もはや、どこにでもある。
カワトクやマルカンは、そこにしかない。
この違いは、大きいのです。
存続して欲しいなぁ。。。。
うん。