昨日確認出来た事。
昨日は立春だったので両親の為に、今年の節の変わり目である午後早い時間から護摩を行う予定だったのですが、私の都合が悪くなって夜、護摩を行う事になった。
帰宅をして護摩の準備をすると、母が
「夜なので静かにやってほしい。」
と言われた。
自宅で行う護摩は、密教なのに祝詞を奏上するのですが、これも声を絞って行ってほしいという事だった。
決して良い予感はしなかったのですが、母は恐いし、ものは試しに一度やってみる事にした。
結果は祝詞で意図的に声量を下げるのはやめた方が良いという事になった。
お経、真言は声量や早さを変えても全く支障はないのですが、
祝詞で意図的に声量調整をしたところ、胃の具合がおかしくなり集中力が欠けて修法が継続できなくなりました。
初めての護摩中断、今朝も胃の上部に違和感があったので般若心経を読んだところスッと違和感が解消されました(o^^o)
その後、近所の氏神様である八坂神社をお参りして懺悔。
今後、祝詞を奏上する際には、声量調整をしてはいけない事を確認できた出来事になりました。
iPhoneからの投稿
帰宅をして護摩の準備をすると、母が
「夜なので静かにやってほしい。」
と言われた。
自宅で行う護摩は、密教なのに祝詞を奏上するのですが、これも声を絞って行ってほしいという事だった。
決して良い予感はしなかったのですが、母は恐いし、ものは試しに一度やってみる事にした。
結果は祝詞で意図的に声量を下げるのはやめた方が良いという事になった。
お経、真言は声量や早さを変えても全く支障はないのですが、
祝詞で意図的に声量調整をしたところ、胃の具合がおかしくなり集中力が欠けて修法が継続できなくなりました。
初めての護摩中断、今朝も胃の上部に違和感があったので般若心経を読んだところスッと違和感が解消されました(o^^o)
その後、近所の氏神様である八坂神社をお参りして懺悔。
今後、祝詞を奏上する際には、声量調整をしてはいけない事を確認できた出来事になりました。
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