絆プロジェクト・・・地域の絆づくりを目指す

絆プロジェクト・・・地域の絆づくりを目指す

AIの進化、貧富の差、高齢化、孤立世帯の増加・・・
そんな中で、こころと生活の支えとなるのは「絆」です。
地域の仲間意識、「絆」を大切にする仲間を募るブログです。

ステージ4直前だった患者さん、8回目の抗がん剤が終了した後の病理検査の結果です。

 

手術で取った胸とリンパ節のがん細胞、なんとリンパ節のがん細胞がなくなっていたそうです。

 

主治医は抗がん剤の結果だと自慢気に言ったそうですが、それだけではないと私は自信をもって言い切れます。

 

傷口の痛みは時間の経過とともに薄れてきますが、あまりに大事にすると、癒着が起きて腕が動かなくなってしまいます。

手術後は痛くない範囲でこまめに動かすことが必要です。

 

今はホルモン剤での予防が始まり、来年からは放射線治療が始まります。

 

彼女の乳がんの発症を聞いた時、この人だけは何としても助けなければと思って、必死になりました。

 

それだけ素晴らしい方だったんです。

 

彼女にとって、それが重たかったようで、かえって心に負担をかけてしまいました。

 

反省しきりです。

 

今回の発症が彼女にとって、どんな変化をもたらすのか、それを知るのも楽しみです。

 

病気や苦難は、その人に気づきを与えるために経験するといいますから・・・・

 

必死さが抜けちゃって、もうすでに人ごとになっています。

 

千曲川が氾濫して、2メートルもの水に浸かってしまった被災地へボランティアに行ってきました。

現地のりんご畑にはたくさんのりんごの実が落ちていました。
リンゴの木を守るために、農家の方が敢えて落としたものだそうです。

りんごの木の周囲には、木の根が窒息しないよう半径150センチほど汚泥が取り除かれていました。

山のように積まれたリンゴを見ると、リンゴとリンゴ農家の悲鳴が聞こえてきそうです。

 

 

 

先日南区の地域の会館で1時間30分にわたって、健康教室を行いました。

総勢80人。参加者は60~から80代の一人暮らしの高齢者の方々です。

 

みんなで地区の有志の方々が作ってくれた豪華な食事をいただいた後、私の出番です。

みなさんの年齢のことも考えて、ソフトな体操をやっていたのですが、

予想以上に元気なことに気が付きました。

それもそのはず、みなさん、歩いてこの会館まで来ている。雑談の声も大きい。

ちょっとなめていた。

 

尿漏れ体操から誤嚥予防体操、姿勢美人になる体操と難なくこなしていく。

今元気に生活しているお年寄りの半数は、95歳までの寿命と言われている。

なるほど納得!昭和一桁生まれのパワーを見せつけられた1日でした。

 

南区で障害者と区民のふれあいの祭典がありました。

 

緑地公園全部を使って、いくつものントが並んで、大掛かりなものでした。

 

私は「ちょボラ」を広げよう、というメンバーの一人として参加。

 

「ちょボラ」とは気軽にちょっとボランティアをしよう、という意味の略語です。

 

南区での「ちょボラ」の推進担当をしています。

 

牛さんのぬいぐるみを着て呼び込みをしました。

 

テントの中では、紙芝居やクイズ、塗り絵もしました。

 

呼び込みと言えば、学生時代に東京の吉祥寺でおさわりキャバレーで呼び込みをして以来です。

 

だから呼び込みが上手い。 もっとも対象が今とは正反対の人でしたけど。

 

本筋から離れました。すいません。

 

近隣の地区からもたくさんの障害のある人たちが参加して、歌って踊って、とても楽しそうでした。

 

学生時代の文化祭を思い出しました。

 

楽しかったけど「ちょボラ」の宣伝に役立ったかどうかは? です。

 

 

 

 

3泊4日で長野市の被災地に行ってきました。

現地では避難所でマッサージや針治療をしました
被災地の現場ではラーメンの炊き出しのお手伝いをしました。

その場所は千曲川の近くにあって、2階の半ばまで水が浸かった場所です。

冷たい避難食ばかり食べていた被災者の方々は、久しぶりの温かい食べ物にとても喜んでくれました。

 

全国の災害地に行って、炊き出しをする専門のボランティアグループがいて、その方々が私たちをリードしてくれました。

 

被災地では全国の災害地で、専門の特殊技能で活動する素晴らしいボランティアグループにいくつも出会いました。

彼らの強い絆に感激します。

帰りの電車の中では、神奈川から一人で来たという20代後半(?)の女性に会いました。

彼女は床下の土出しのアドバイスをしているそうです。

土出しにも効率的な、家の養生にいい方法があるそうです。

そのために、新幹線で長野まで来たそうです。

 

思い出のあるすべての家財道具が廃材となってしまった被災者の方々は、

昼間は家の後片付けをして、夜は避難所で体を休めていました。

将来の見えない身心の疲れは、どんどん蓄積されていきます。

ある被災者の方は「将来を考えずに、今日1日だけを見ている」と言っていました。

 

これから寒い冬を迎えて、元気でいてほしいと祈るばかりです。


 

現地での炊き出しでは250名の方が集まってくれました。