はるさめごはんさんの、殺し屋の漫画の二次創作です
胸糞です


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「すみません、依頼に来ましたが、ここでよかったですか。」

震える、でもとても芯の通った声で彼女は僕にそう言った。
立っている彼女を見上げると、髪と息が乱れていてここまで何かから振り切って走って来たのが分かった。とても綺麗な唇が印象的だった。あまり視線は合わなかった。

「こちらで承りますよ。詳しくお伺いしますので、そちらの椅子におかけになってください」

じっとりと蒸し暑い夏の夜、今でもよく覚えている、それは僕がここに勤めて初めて人から請け負った、殺しの仕事の案件だった。






殺し屋さん




「それで、うちに来られたということは、特定の人物または集団を殺害するというご依頼でお間違いないでしょうか」
淡々と告げられた言葉に少し動揺したようで、彼女の眉毛はピクリと動いた。
「そうです。殺してほしい人がいるのです」
「その方について詳しくお聞きしてもいいでしょうか」
彼女は一瞬息を詰め、話し始める前に唇を舐めた。
「私の姑に当たる女性です。名は藤崎裕子。可能であればすぐにでもお願いしたいです。お金はいくら、かかりますか」
「わかりました。まず先に、具体的な殺害方法や希望によって、時間と金額が変動することをご了承頂きたいと思います」
「わかりました、何でもいいんです、とにかく無茶苦茶に殺してほしいできるだけ早く」
震えていた声がどんどんハッキリと強く、早口になっていた。
「無茶苦茶にということは、肉体の損傷を最大限増やしますか?」
「そうですね。それはもう無茶苦茶に。全身くまなく。鈍器でも鋭器でも」
「かしこまりました。一連の作業をご覧になりたいですか?遺体だけご覧になられますか?それとも、一切見ないでいますか?」
「死体だけ見せてください」

僕は彼女の言葉をデータとしてパソコン上に打ち込んでいき、ある1人の職員に送信した。

「お客様のご要望に合わせますと費用はこの程度になります。決して安くはない金額ですのでそちらをご覧になりもう一度ご検討ください。明細を記しておりますのでどうぞ」
彼女はその決意を現実にする重みを受け止めるかのように、しっかりと明細に目を通し、お願いします、と言った。眉間に皺を寄せ、その口元に微かな微笑みを浮かべて。



「じゃあ、送った通りですのでお願いします。恨みは強いです」
「ああ、わかった」

僕は、殺しの職員である女性が出発するのを机から見送っていた。彼女の後ろに依頼人である女性がついていく。
僕は殺しの依頼を請け負い、全ての事務管理を任されているが、実際に殺しをし、遺体処理、隠蔽工作などをするのは、それぞれ異なる職員がやっている。彼女は殺しの専門だ。
しばらく扉をあけてでていく2人の女性を見ていた。夜の暑い空気がスーツの中に入り込んできた。
僕も、あの夜そうだった。彼女と同じように、ここに来て、あの人についていった...記憶に新しい夜のことを思い出し、彼女もどうか救われますようにと、願った。


「私、姑にものすごくいびられていて。よくある話ですけど」

私は姑の遺体を見るため現場近くまで同伴するという契約で、殺しを専門とする女性に着いてきていた。夜の森を黒のくたびれたヒールで歩き続けるのは結構大変なことだった。
後ろから見た殺し屋さんはとても線が細いように見えた。彼女の華奢な身体で大人1人を殺せるとは到底思えない。もし失敗して姑が生き残ってしまったり、旦那や周囲にバレてしまったらどうしようという不安が、今になってむくむくと湧き上がってきた。不安をかき消すために、私は話し続けた。
そうだ、私は姑を殺したい。私を辱めた姑を誰より殺したかった。最悪この人ができなくても、私が最後までやるんだ。

「姑がどんなに私を嫌いでも、子どもは関係ないじゃないですか。うちの子どもが、暴れたりすると、うちの息子はこんなことなかった、さすが、あなたの血ねって言って。本当に、ムカつくんですよ。作った食事も夫に隠れてコンポストにいれたりするんですよ、親戚の前でも、いつも恥ばかりかかせられて、ムカつく、ムカつく、ムカつく。さっき、私は辱められました、私は、家に来ていた姑の習い事の友人の後ろで子どもに授乳していました、そしたら、あら久美子さん、見せてあげなさい、授乳してる母の姿っていいわよね、って、姑の知り合いは、男性で、何だか嫌味っぽくて気持ち悪い人だった、でも姑が無理やり私の体の向きを動かして、その瞬間子どもの口が離れたんです、男性はそれを見て」
私は息を吸った。
「勃起したんです、気持ち悪い、ああ、ああああんなおじいさんのくせに、クソ気持ち悪い、姑は、嫌だ恥ずかしい、はやくしまいなさいって、ムカつく、お前のせいだろう、死ねばいい、あんなやつ、死ねばいい」
目の前の女性は大きな荷物を抱えたまま何も言わなかった。私のこんなくだらない理由で手を汚さなくてはいけないことに悲観しているようにも見えた。それでも私はもう耐えられなかった。姑の存在の全てが。
「こんなことで人殺しって思いますよね」

彼女は時間をおいて、ふりかえり、こう言った。


「いいんじゃないか、」
「え?」
「その痣はそいつのせいなのか」
「ああ、これ...そうですね...」

私は髪の毛で隠していた火傷の跡をさっと隠した。姑がこぼした熱湯で火傷をした跡だった。

「よかったな、これからもう苦しむことはない」

自分をたいせつにしろ。彼女はそう言って笑った。










最近知り合いのホストがね、言いますの。
もえちゃんは、ヤバイ。
あっちでもこっちでも、男が口を揃えてもえちゃん、もえちゃん言うてますの。
誰なん、そいつ、中洲交番前のファミリーマートでタバコに火をつけてもらいながら聞くと、どうももえちゃんていう女の子は、どっかの店の客ではないらしい。ヤバい、というから、てっきりあちこちで恋のお花咲かせたお花畑の、ホスト狂いの豪遊女かと思ってたら、全然違うかった。
かといって、男達をとんでもなく惹きつける、枕のホステス嬢や超絶技巧の風俗嬢、ってわけでもないらしい。話を聞くとなんとその子、ここらではちとばかし名門の大学に通ってる、女子大生らしいの。夜の女でもない、金を落とす客でもない女子大生の名前が、どうしてこうも中洲の男たちの話題になってるのか。聞くと、もえちゃんは可愛いんだよ、とにかくヤベェんだよ、とどこに行っても馬鹿の一つ覚えのように皆それしか言わない。
ううん、百聞は一見にしかず、そこまで言うならちょっと、顔見せて、写メあるやろ。いいよ。ホントに可愛いよ。
見たら本当に可愛い。まさしく、女の子って感じ。
まず名前がもえちゃんでしょ。その時点で女の子っぽくて可愛いでしょ、なんか。で、見た目も絵に描いたような、かわいらしい女の子。名門大学生。もえちゃんまさに萌え。アホちゃうん。て似非関西弁がでてまうわ。

芳田もえ、彼女はショートカットのよく似合う女の子だった。
歳は、私と同じ19歳と言う男もいれば、確か20だった、と言う男もいた。
黒髪で、色白で、いかにも愛されて育ったお嬢様っぽくて、こんな中洲のど真ん中で夜を迎えて、太陽の下を歩くのが申し訳なくなってきた私とはおそらく正反対の道を歩んできたであろう、芳田もえは、この川の横の汚い繁華街で、今1番アツイ有名人だった。
このタイプならウチの店きっての清楚系アイカも負けてないんじゃないの。
「いや、アホか、ちげぇよ。アイカと一緒にすんなよ、あの清楚系ビッチともえちゃんは違うんだよ。てか、どちらかというと、そうだな。もえちゃんは、ユリカ、お前に似てるな。ま、もえちゃんを汚くして、髪を明るくして落ちぶれたギャルみたいにしたらお前だな。」
はっ。何がもえちゃんだよ。てっきり客だから、ちゃん付けしてるのかと思ってたら愛称がもえちゃんですか。こらいけませんわ。
そんで、もえちゃんが何であんたらみたいな男からよってたかって崇拝されているわけです、と聞くと、よく知らないけど、すごいかわいいし。
だの、
営業男のオアシス。
だの、
広瀬すずに似とるわ。
だの、情報に踊らされて浮ついた意見しかでてこない。

福岡の町も少しずつ肌寒くなってきて、いつもラストまでいてくれるお客さんのたっくんが、今日の同伴は、ちょっと良いおでん屋でも行くか。と西の方へ連れて行ってくれた。私はたっくんに、もえちゃんって、いう女の子、知ってる?と聞いてみた。
ああ、その子知っているよ。彼女、ふうふう、あのねアプリ作ってるんだよ、ホストのためのね。そのアプリに連絡先が載っていて、可愛いの。今まで一度も聞いたことのない彼女の新しい情報をペラペラと喋り始めたのは、おでんのすり身をはふはふ食べていたたっくんではなく、たっくんの横に座っていた20代前半くらいの若いサラリーマンだった。

す、す、すごい。私と同じ歳なのに、大学生にもなるとアプリをつくったりしちゃうわけ。私には無理だな。
キャバ嬢にも必需アプリがあるけどそういうのかな。顧客リストに来店日とか、入れてくれた酒とか、好きな食べ物や、趣味なんかを記録するようなやつ。しかし、またなんで、ホストのアプリ。
そのアプリ知っていますか?と尋ねると、さぁ、名前は知らないねえ、と言う。

たっくんは、おでんを食べ終え、汗を拭きながら、若いサラリーマンをきっと睨み、じゃ、勘定、ユリカちゃん、店行こう、ささ、行こと立ち上がった。

ホストだけじゃない、街のサラリーマンも芳田もえを、知っていた。


それからはお客さんや、店のボーイさんや、とにかく色んな人にあたってみたけれど、誰に聞いても、あまり俺も知らねえんだよ、とにかくさ、もえちゃん可愛いんだよ、と似たような返事ばかりが返ってきたのであった。


芳田もえという、一人の得体の知れぬ女子大生の噂が、こうして人から人へと街を練り歩こうとも、夕暮れ時、中洲の美容室に集まる私の知り合いは皆、タバコを片手に余裕の息をついていた。
ふう、また今日が始まった、ところで先日店に来たあの変態親父、財界九州に載ってはった、この人こんな立派なこと言うてるけど女のケツばっか追いかけてるんですよお。声を荒げて言いたいわ。あはは。あ、お姉さん灰皿ちょうだい。

その余裕もそのはず、芳田もえがどれだけこの街を騒がしていたとしても、この街を彩って踊る私たち女性陣がそこまで関心を持たなかったのは、芳田もえが夜の女ではないという事実に他ならなかった。
中洲の女達は、芳田もえがどれだけ魅力的かを口伝いに知っていて、自分の担当客までもが彼女の噂を追い始めることに対して、多少の興味は抱けども、これといった焦燥は感じなかった。土俵違いの店や女に、客は取られない。私たちは同業以外の女に、目をみはることはない。戦うべきは、そいつではない。

私もその一人だった。






はずだった。あの日までは。



薄暗く眠っていた中洲が、息をし始める午後6時、髪を整えた美しい女達が、街の光に染まって色とりどりのコンクリートをカツカツ足で鳴らした。
うなぎの焼ける、たれの美味しい匂いをふわっと掻き分けて、私もこの街を歩いている。
コンビニには、タバコとコーヒーを買う派手な男女の姿があった。その後ろで、スーツの男が2種類のストッキングをじいっと見比べている。コンビニの先では、髪の明るい花屋の店員が、大きな胡蝶蘭を抱えて慌ただしく店を飛び出している。化粧を施した男が、集団でタバコを吸う。
この街は、今が朝の通勤時間だ。

コンビニを過ぎ、花屋を過ぎ、眩しいくらいの電光掲示板を過ぎて、右手のところにある、この街ではそこそこ名の知れているキャバクラ、あづ紗。
その店で、私、本城優花こと、ユリカは働いている。
源氏名は本名である優と花の間に凛という文字を入れて優凛花、としようとしていたところを、店長からこういうのは、カタカナの方が覚えてもらえるから、うちはカタカナ統一なんだ、と名刺を書き換えられてしまった。気に入っていたのに。







私は17歳の時、父親と二人で住んでいた家を飛び出した。一人暮らしをしていた当時22歳の彼氏の家に転がり込むやいなや、廃人のような生活を送っていた。通っていた高校の在籍が、どうなったのかは、よく分からなかった。
一日21時間はベットの上で寝転び、起きた残りの3時間で家のカップヌードルを食べ、彼氏のパソコンからツイッターを開いて適当に弄り、また21時間寝るという大変人間離れをした怠惰を繰り返しているうちに、足の筋肉なんかはすっかり衰えて自分でもギョッとするくらい細くなった。ろくなものを口にせず、彼氏とのセックス以外これといった運動もせず、このままじゃいけないな、犬も歩けばなんとやらというし、と外にでると免疫が落ちていたのか風邪をひいた。そんな時に彼氏が三ヶ月帰らず、1人でうんうんとうなされ、外なんか出るもんじゃないと適当なものを食ったり飲んだりを繰り返したある日、部屋の電気が止まっていたことに気づいた。
いつから止まっていたのか正直なところさっぱりわからなかった。彼氏は三ヶ月家に帰ってこなかったし、私はその間起き上がるのが面倒くさくて電気をつけることもなかったので、冷蔵庫の異臭が鼻について悪夢にうなされるまで、そのことに気がつかなかったのだ。冷蔵庫の中身が腐っていた。お湯は沸かせていたから気づかなかった。まさか電気が止まってたなんて。
電気が止まったことにも気づかないなんて、これは我ながらやばいな、やってもうた、酷いにおい。泣きそう。 冷蔵庫の中身を涙目で捨てているところへ、最悪のタイミングで数ヶ月ぶりに彼氏が帰ってきた。
「お前、今すぐ風呂に入って、働け」と、タバコの煙と吐かれてからが、ことの始まり。



 携帯で求人を調べていて、一番にでてきた高額時給の募集のひとつが、あづ紗だった。既に高校を卒業したと嘘をついて体験入店をしてから、そのまま二年間この店にいる。
店長にはバレていたのかいないのか、13歳から鍛えた肝臓を駆使して仕事を週に6日いれた。18を迎え、19になった私は今現在お店の設定上20ということになっているので、誕生日の「ユリカ成人おめでとうパーティ」を境に、最近は遠慮なく飲まされる。若さ相応にしていれば、他のキャストのように、帰れないほど飲まされるようなことはないけれど、悲しいかなこの歳にして酒ヤケしてしまって、酷い。
まあ、こんな生活でも、数年前と比べたらずっとずっとマシで、毎日が幸せだった。



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↓↓ アイドル1.2 
(ボツ)






私は幼い頃からずっと父と2人で、今思えば本当にどうしようもない生活を送ってきた。
母の顔は見たことがなかった。
料理なんかロクにしたことはないし、包丁の握り方も、小学生の頃に一度や二度触ったくらいで忘れてしまった。生活習慣はまるで男のそれそのものだった。
この歳になって、世の一般女性は母親からこの素晴らしい人生をやり抜くに当たって、とても多くの大事なことを教わっていることを思い知った。母親がいない娘は、じゃあ、どうしたらいいんだろう。

深夜家を抜け出してどこに行こうが咎められなかったけれど、家に帰るとき、私があの家の玄関を開けた瞬間、むせ返るほどの酒の匂いがしたら、それは地獄の始まりの合図だった。

あの匂いがする日は、父は狂った。
見つかった途端、痣が残るほど強く掴まれ、引き摺り回され、腹部を何度も蹴られた。
痛くて、怖くて、それでもじっと耐えるのが一番穏便に済む手段だと気づいてからは、襲い来る痛みの前にグッと歯をくいしばって、意識を自分の遠くに持っていくように、ただジッと耐えて、耐えて、耐えていた。
毎日家の玄関の前で、震えていた。


2年前のある日、私はあの日、いつも以上に玄関の扉を開けられずにいた。
きっと、今から来るであろう恐ろしい出来事に、第六感がきちんと私に警告していたんだろう。

今日は、この扉を開けてはいけない気がする。
でも、他に帰る場所なんて、ないんだから。今日はあの匂いはしない...今日はきっと、静かに眠れる...大丈夫。そう言い聞かせて、震える手でドアノブを回した。

そっとドアを開けた瞬間、鼻についたのは、あの匂いではなかった。


いつもと違う匂い。


鼻腔に浸入したその刺激臭が何か考える前に、私の中で最大の警報が鳴り響いた。
確実に、やばい、と思った。

逃げろ!
逃げろ!

早く逃げろ!!!


身体中が訴えている初めての警告だった。今から襲ってくる何かから、今すぐ逃げなくてはいけないと分かっているのに、足が、手がガクガクと震えてまるで筋肉が私の知らない別の物質になってしまったようだった。暗い部屋に何か動く影が見えた。身体が見えない大きな何かに捕まって動けなかった。大きな怒鳴り声と、何かの割れる音が聞こえた。

逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ!

「優花。帰ってきたんか。こっちに来い。優花。優花。優花!!!!」
足が動いた時にはもう遅かった。
玄関の扉近くまで向かってきた父に私は羽交い締めされ、首を腕に回され、締め上げられた。玄関の扉は開いたままだ。
苦しいやろ、苦しいやろ。はは。ははは、苦しめ。あの女の代わりに苦しめ。死ね。死ね。涙がボロボロでて、間違いなく、今日が命日になる、と悟った。痛みや苦しみよりも、白の世界が私を支配した。何もかも真っ白だった。気づいたら、私の顔を何度も何度も殴る父親の姿を見上げていた。骨が私の身体の中でゴリゴリいう音が何度もした。脳に響いた。白かった世界がどんどん赤くなった。痛い!怖い。だれか。だれか助けて。

今日だけは、このまま耐えて、耐えて、じっとしていては駄目だと思った。朧げな頭で、それだけは確信していた。このままでは死んでしまうことを細胞の一つ一つが叫びながら私に教えてくれていた。助けて!誰か!助けて!

その時だった。何してるんだ!という男の声がした。一瞬、父の腕が止まって私の顔は忘れていたように強烈な痛みを訴え始めた。殴られていたのは顔だったのに、脳が千切れるくらい痛かった。誰か、男の人の足が見えた。その後は、もう真っ暗。あまりよく覚えていない。


後から知ったのは、私はアパートの前を通りかかり、大きな音を聞きつけた斎藤佑一という男から発見され、たまたま奇跡的に助けられたこと。
危険を察知した斎藤佑一は、警察を呼んでいたため、父は警察に連行され、私は病院に搬送された。
私は目が覚めた時には病院にいた。鼻の骨が、バラバラに折れていたそうだ。口をちょっとでも動かすと激痛がした。不幸中の幸いか、お腹がすかず、物を食べる気にはならなかった。


警察や大人の女性が毎日部屋に来るようになった。大人たちは紙とペンを持って私にたくさんのことを聞いてきた。私が何か言うたびにペンを走らせていた。もうこれ以上話すのは嫌だとこぼすと彼女たちは了承した。彼女たちは、あなたを守るために、あなたのことを知る必要があるから、また来るからね。と優しく言った。
ふざけんな、一生来んな、こんな歪んだ鼻じゃ外も歩けない、私の人生は、もう終わった、何で、あの時死ななかったんだ、何で死ななかったんだ、今からでも死にたい、これから、どうしたらいいんだろう、不安になっては毎日叫んだ。叫んで暴れるたびに、大人たちはよく来るようになって、ここを出たら、優花ちゃんと同じ思いをした女の子がいる、優花ちゃんを分かってくれる人のいるところに行くから安心してね。大丈夫だよ。と言った。
そんなところに行くなら、死んだ方が、あの家に帰る方がよっぽどマシだと思った。



今日こそ病院から抜けだしてやろう、でも、一体どこへ。うんと遠くに行ってやろうと思った。ずっとずっと遠いどこかへ。病院の売店で読めない地図を読んでいたら、後ろから声をかけられた。



「こんなところでなにしてるの。もう大丈夫なの」
黒髪の男だった。背が高くて、ヒゲが生えていた。鼻を隠すように手で顔を覆いながら、私は痛みを堪えて、口を開いた。

「誰ですか」
「俺、斎藤佑一。警察から聞いてるだろ。君の様子を見に来た。君がその、色々あったときに居合わせていて、警察を呼んで、止めたんだ」
「聞きました」

安心した顔が、苛立たしかった。今までどこに向けたらいいかわからなかった苛立ちが、急に込み上げて溢れ出した。

「よく止めてくれましたね。一生、貴方を恨みますから。私、全然大丈夫じゃありません。貴方のせいで全然大丈夫じゃありません。貴方が余計なことしなければ、きっと今頃ちゃんと殺されてました。今頃...」

そこまで言って、あの日から出なかった涙がボロボロと溢れて来た。







「私、どうしよう」

斎藤佑一は、私の目をしっかりと見てこう言った。
どこにも行けないなら、いつでも来い。お前がいていい場所を作っておく。


渡された住所と電話番号を私は病室に帰ってからもずっと眺めていた。眺め続けて、30分、頭の中に入った数字はぐるぐる回り続けた。

1週間考え続けて、私は斎藤佑一に、公衆電話から電話をかけることにした。自分でも何を言うつもりなのか検討もつかなかった。不安だった。ただ彼の声を聞けば何かがわかる気がした。3回目のコールで電話をとった彼は、優花です、と告げた私にいきなりこう言った。
「鼻、気になるなら、整形手術を受けろ、金出すから」


あの日、病院の売店で声をかけてきた男が、私の人生を変えた。私のあの出来事は、整形手術を受けて綺麗な鼻を手に入れた日から、ひとつの過去になった。
斎藤佑一は、私の命の恩人で、今の私の彼氏でもある。



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つづく。
多分父親から殺意を向けられて鼻まで折られた女はキャバ嬢にはならない気がします。2年も続かないと思う。選ぶとしたら、風俗嬢か、よくてセクキャバだと思います
でもそこまで落としたら暗くなるからガッツもりもりな元気な時に設定ごと変えます。

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「恭、お前、仕事辞めてこれからどうすんだよ」

圭一はカレー皿に顔をうずめ口いっぱいにカレーをほうばった後、口の端にルウをつけたまま、俺の目をまっすぐ見てそう言った。

「圭一、久々に会って早々、直球で聞かないで。物事には順序ってものがあるのよ。」
学生の頃みたいにさ、まずは美味しくご飯を食べよう、のぞみは口角を上げて言った。

「分かってねぇなのぞみ、俺は恭が心配でたまらねぇんだよ。心配だからこそ敢えて空気をぶち壊すの承知で今聞いたんだよ」
「ちょっと...」

軽い調子で言う圭一をよそ見に、のぞみがちらりと俺の様子をうかがっているのが分かった。実際のところは、圭一のように直球に聞いてくれるのが一番ありがたい。
同じ大学を卒業し、大手会社の秘書課に入り3年たらずでバリバリ仕事をやっているのぞみから気を遣われる方が、正直辛いかもしれない。

というのも、俺、甲田恭は、先日3年勤めた会社を辞職したのだった。

”入って3年じゃあ何もわからない” ”辞めるには早すぎる”
”25で次はどうするんだ” ”何かアテがあるのか”
そう矢継ぎ早に上司から言われたが、俺はただ、辞めさせてください、の一点張りだった。上司は呆れたように辞表届けを俺から奪い取って、「最近の若いのは、口数が少なくて、どうにも対処できんなァ」とこぼした。頭の上から聞こえたその言葉は、どうしようもなく、正論すぎる。
製薬会社の営業として働いていた俺は決して業績が悪かったわけではない。寧ろ、期待の新人として、周囲から今後も頼むと、信頼までされていた。もう少ししたら、希望する異動だってあったかもしれない。でも俺には限界だった。何のために働いて、生きるのか、分からなくなってしまった。

製薬会社に入る前は、人の命を助ける病院で、人の命を助ける薬を売って、人々を助けたいだなんて、そんな大それたことを考えていた。でも現実は、薬は人の命を助けるものなんかじゃない、人の命を殺すものだと思うようになった。俺はなんのために人の命を殺すものを売りに行ってるんだと思った。
夜は上司に付き合い、クラブに行って、綺麗なホステスを口説く取引先を持ち上げる。それも人生、経験、働き生きていくのにきっと必要なことなんだろう。
でもそれが俺の人生なんだろうか?
同僚は、「そうだそれがおめーの人生だよ、甲田はさ、ちょっとかてぇんだよ、人を殺す薬でも、それに縋りたい奴がいる。救われてるんだよ、それでも。もっと楽に見れたら接待だっていいもんだ、うちの名刺見せたら、ねーちゃんたちも目の色変えてちやほやすんだ、いいじゃねえか、それだけでよ」と言った。

そんな時、下の妹が私、介護福祉士になるんだ!と、福祉の専門学校にいきはじめた。
「お兄ちゃんを見習って、人を助けるお仕事がしたいの!お爺ちゃんや、お婆ちゃんが私のこと待ってくれてるんだぁ」
そう言って実習に行く妹はどこか輝いてみえて、残念ながら俺は見習うような立派な人間じゃないぞ、妹よ、と心の中で嘆きながら、出かける妹を送り出した。
そういえば、福祉施設に営業に行ったことが何度かあった。施設は病院とは違った匂いが、どうも苦手で、正直のところ陰気くさいな、というのが率直な意見だった。妹はよくそんなところへ嬉々として行けるものだと感心した。

会社を辞めて数日後、大学時代つるんでいた圭一とのぞみが連絡してきた。大学を卒業したらもう関わることもないと思っていた2人だったが、こうして未だに連絡をとっては、3人で飯を食ったりしている。
仕事を辞めたとラインで言うと、今日、突然会うことになってしまった。2人とも暇なのかもしれない。


「まぁ、新しい仕事については追々考える。どこか働き口はあるだろ、ちゃんと探せば」
俺は食べていたホットサンドイッチを飲み込んで言った。
「それもそうだよな。ゆっくりしろよ、お前も、昔から勉強ばっかして、頑張りすぎなんだよ。ちょっとは遠回りしな、俺みたいに!」
「圭一は大学卒業して、いきなりパティシエになりたい!だもんね。意味わかんないよ。文系大卒からの製菓専門学校だなんて」
「うるせえ!」
俺は2人の明るい会話に安堵しつつ、口元を緩ませた。圭一の口元にはカレーがまだついている。おい誰か、奴の口を拭ってさしあげろよ。

「じゃ、恭、無理すんなよ。俺みたいなあんぽんたんも生きてんだからさ!」
圭一は唯一の取り柄ともいえる笑顔で大きく手を振った。
「お前もがんばれよ」
「おうよ!」
「のぞみは、どうする?車で送ろうか」
「ううん、いいの。この後用事」
「そうか」デートだろうか。
「あ、今デートと思った〜?残念、違います!渡辺通の店で女子会でした!」
「あ、そう、聞いてないけど」
つっめたいな〜、とぼやく彼女に、元気でな、と手を振ると、彼女は急に真面目な顔で無理しないでねと言って、去っていった。
しばらく彼女の小さくなる後ろ姿を見ていた。


俺は無理してるように見えるだろうか。
無理をしないように、会社を辞めたんじゃなかったんだろうか。

昔の知人に会うのは、嬉しいようで、複雑だ。圭一ものぞみも昔とは違う。根本的なことは変わっていないが、昔話したときとはどこか違っている。俺だってきっと同じだ。俺はどうしようもない気持ちで、やっぱり会わなきゃよかった、と思いながら帰路についた。


「ただいま」
「あ、にーちゃん。おかえり〜」
テーブルの上でこまごまと作業をしながらにやにやしている妹を見て更に疲れが増した気がした。
「ひかる、なにしてんだ、飯食えないだろ、テーブル占領して」
「へへ〜。実は、実習先が変わるんだ。今度は、障害者施設。だから、お爺ちゃんやお婆ちゃんに、メッセージ書くの!いいでしょ」
俺は返事をしなかった。テレビをつけて、カップラーメンに湯を注いで2分で食い、後片付けもせず、靴下を脱いでそのまま居間で寝てしまった。


俺はこれからどうしたらいいんだろうか。




次の日、俺は午後1時までだらだらと漫画を読んで、このままじゃ流石にいかん、と髭を剃り外に出た。
玄関を出、ふと右隣の空き家を見上げた。がらんとして冷たく、太陽の光で逆光になったその家が黒く見えた。この家は俺の幼馴染が住んでいたところだった。
ここはもう16年誰も住んでいない。新しい入り手もない。


俺はすぐに踵を返し左手の川路に向かった。
家の近くにある川はかなり大きく、池田川という。川の横には通行路と、その端に大きな街路樹が何本も植えられている。その内のほとんどは大きなソメイヨシノで、春になると、この川は見渡す限りピンクになり、多くの人が行き交い、ベンチに座って弁当などを食っている。昔、通行路横に道路を作るために、桜の木を伐採することになっていたのだが、町民からの猛反対をうけ、今もその景観が守られている。
春でなくともこの川は、ジョギングをする人だったり、犬の散歩だったり、はたまた若いカップルだったりと、老若男女問わず町から愛されている川だった。

ここで散歩でもして、何かアイデアを出そう。ニュートンだって歩いて落ちるりんごを見たのだ。俺も歩けば何かに当たるはずだ。
そう思っていた時だった。
川の遠くの方で車椅子に乗っている女性と、それを押すおばさんの姿が見えた。


俺は目を見開いた。




彼女は。


風に吹く黒い髪が舞い、俺の目が彼女の顔を捉えた。



優なのか。




間違いない。どこからどう見ても、その車椅子に乗っている女性は、俺の幼馴染、西崎優、優そのものだった。生まれた時から、9歳になるまで、ずっと一緒だった。隣の家から、いつも笑いながらやってきた、俺の、大事な幼馴染だ。
俺が優を間違えるはずがない。
彼女と、俺の記憶の優の決定的な違いは、優が少女の姿ではなく、大人の女に変わりつつある体躯をしていることと、その身体が、大きな車椅子に乗せられているということだけだ。
それ以外は、何もかも同じだ。16年前、最期に目にしたあの時から。あの暑い暑い陽射しの下で見た夏の日から。髪の色も。瞳の色も。薄く小さい唇も、何より、彼女のあの特別な耳の形。




どういうことなんだ。
あり得ない。
そんなのは。

こめかみがドクドクと脈打った。足がガタガタと震えて骨が軋む音が聞こえた。息が荒くなって、視界が白くなっていく。
いやな汗がでて、内臓という内臓が掻き回されているような今までに感じたことのない感覚に襲われた。
優がここにいるなんて、
そんなことがあっていいわけがないんだ。優がここにいていいわけがないんだ。





だって、優は、16年前に交通事故で亡くなったのだからーーー。