昨日、夢の世界に片足を踏み入れた状態で
ブログ更新したので。
思わず説明もなく「退き際」と書いてしまいましたが。
そうそうやめませんよー(`∀´)
まだやめませんからねっヽ(゜▽、゜)ノ
誤解なきよう。
さて「退き際」。
昔から、厭世観の持ち主でもあり(誰だ、うそだぁって言ったのは)
想像力が豊かなので(はい、こっちは、つっこみどころデス)
このあるごとに、その時期のニュースなどを自分に置き換えて
いろいろ想像しては、ぶるぶるぶるっとしてみたり、
というようなクセは前々からあるのですが。
数年前からは、
具体的に、自分の最期のシーンがどうとかではなくですね。
残された家族にどうするかとか、その時、どういうことが想定できるか。
みたいなことを、よく考えるようになりました。
さらに去年の終わりには、ファンモンが解散したり、
同世代の(3つ下)松井選手の引退があったりで、
わたしが今やっていることを辞めるとしたらいつ?どうやって?
ということも考えるように。
ちょうど、うちの会社が今年で10年になるのですが、
もともとが10年続けよう!という気持ちで始めたということもあり、
また、個人で言えば、「シングルマザーでも、過不足なくやったる!」
という働くモチベーションであった教育面が、今年、ひとつの節目を迎え。
あ、うちは、18歳(高校卒業)以降は、自力でなんとかしなさい、という
流儀なので。確実にあと3年したら、おかん業廃業、となるわけですね。
じゃ、その後の働き方、どないしますの?という自問もあるわけです。
そんなわけで。
辞め方、を考えると、おのずから働き方を考えることになり。
生の終着点である死に方を考えると、生き方を考えることになる。
んだなーと考える今日この頃。
「願わくば 花の下にて 春死なん その望月の如月の頃」
と詠んだ西行のように、かっこよくいきたいものですが。
いまのところ。
「葬式では、ぜーったい、ファンモンの『Always』かけてね!
誰にとめられてもかけてね!で、出棺の時には
トロンボーンでファンファーレ吹いてね!」
と、ふざけた調子でムスメに伝えるレベル。
ただ。
どの「退き際」にも。ファンファーレが似合うよう。
努力したいと思っては、いるわけです。
・・・てへぺろ。